インドとパキスタンの緊張が増している。パキスタンが仕掛けたとされる爆発でけがを負ったインドの子供(写真:AP/アフロ)
インドのナレンドラ・モディ首相が11月10日に訪日する。原子力協定の最終合意、US-2救難飛行艇の輸出にかかわる交渉(価格が1割引になると報じられている)、アンダマン・ニコバル諸島についての海洋安全保障協力などが注目ポイントだ。その中で、インドが力を入れているものの1つは、パキスタン対策における協力だ。今、インドはパキスタンに対して、これまでにない強い態度を示している。そして各国に、インドを支持するよう強く求めているのだ。
図:日本とインド、中国とパキスタン位置関係図
※筆者作成
越境攻撃に打って出たインド
9月末、モディ政権の新しい方針を明確に示す行動があった。インド軍が、カシミールのパキスタンが管理している地域にあるテロリスト訓練キャンプ7か所に特殊部隊を送り、これを襲撃したのだ。
この作戦は、直接的には9月に起きたテロ事件への懲罰である。しかし、それだけではない。モディ政権がパキスタンに対して新たな政策、より強い政策を採用した点も重要なのだ。インドは1980年代末以来、パキスタンを拠点とするテロ組織の攻撃にさらされてきた。パキスタン政府は、特に軍の統合情報部ISIを中心に、このようなテロ組織を支援してきた(注1)。だから、インドがパキスタン側にあるテロ組織の拠点を攻撃したとしても、おかしくない状況が26年以上続いてきた。
しかし、インドはこれまでパキスタン側に越境してまで攻撃することはあまりなかったのである。越境砲撃に対しては越境砲撃で対応したし、特殊部隊を使って小規模な越境襲撃をしたこともある。しかし、いずれも規模が小さく、非常に抑制された作戦にとどまっていた。
今回は大きく違う。公式の声明を発し、大々的な宣伝を行って比較的大規模な攻撃を実施した。インドは、今回の作戦はこれで終わりとしているけれども、必要があれば再び実施するとも述べている。モディ政権のパキスタン対策は、これまでにない強いメッセージを送っているのである。
(注1)なぜパキスタンはテロ組織を支援するのであろうか。その背景には、まともに戦えばパキスタン軍はインドには勝てないことがある。そこでパキスタンは核兵器を開発するとともに、インドの国力を弱める手段としてテロ組織を支援するようになった。主に、パキスタン軍の統合情報部(ISI)がテロ組織に情報・訓練・武器などを提供しているものとみられている。テロ組織への支援は「千の傷戦略(何千もの小さな傷を付けることでインドの国力を弱める戦略)」とも呼ばれている。
パキスタンへの圧力を強めるインド
モディ政権は外交攻勢にも力を入れている。大きく2つのことに取り組んでいる。パキスタンに対して直接行うものと、世界各国を説得してパキスタンを孤立化させる間接的なものだ。
パキスタンに直接実施するものとして、インダス川水利協定の見直し、反乱を起こしているバルチスタン地域での反乱への支援、最恵国待遇の見直しなどを検討している。インダス川水利協定とは、印パ間でインダス川の水の分け前を決めた協定で、源流が流れるインドが、下流にあるパキスタンに対して、水の安定供給を保証している。モディ首相は「血と水は一緒に流すことはできない」と言及、パキスタンがテロ支援を続けるならば、インドは水の安定供給を保証しないことを示唆した。
モディ首相はバルチスタンにも言及している。バルチスタンは、現在、パキスタンに対して独立運動を起こしている部族がいる地域だ。インドは、反乱鎮圧においてパキスタン軍が人権を無視した暴力行為を行っていると非難している。パキスタンがカシミールでテロ組織を支援しているように、インドはバルチスタンで反乱を支援するかもしれない、と示唆したのである。
そして最恵国待遇とは、他の国と新たに条約を結んだ時は、同様の条約を既に結んでいる国が不平等にならないよう、既存の条約の条件を新しい条約と同等のものに調整する仕組みだ。もともと、インドはパキスタンに対しては最恵国待遇を認めているが、パキスタンはインドに対して最恵国待遇を認めていないアンバランスな状態にある。そこでインドは今回、パキスタンに対する最恵国待遇を見直す検討に入ったのである。
インドは国際社会に訴えてパキスタンを孤立化させる間接的な政策にも取り組む。国連においては、パキスタンによるテロ支援は人道に反する犯罪行為であるとして、各国の支持を求めるべく積極的な外交を展開している。BRICS首脳会議でも、パキスタン対策で各国に同調を求めた。今年パキスタンで行われるはずだった南アジア地域協力機構SAARCの会議も、インドは欠席を決めた。バングラデシュ、ブータン、アフガニスタン、スリランカもこれに続き、全8か国中5か国が欠席を表明する事態になり延期が決まった。実際に一定の効果を上げているといえよう。
インド支持の米国、パキスタンを守る中国
このような動きに対して、各国はどのように反応しているのだろうか。実は、米国と中国は対照的な動きを見せている。
米国はインドに配慮する姿勢を強めている。インドがパキスタンを攻撃した後、ジョン・ケリー米国務長官はパキスタンに対して、パキスタン国内のテロリストがインドに対してテロ攻撃を行うのを防ぐよう求めている。核兵器開発についても中止するよう求めている。
米国のインド傾斜は最近顕著だ。パキスタン国内向けのテロ対策への援助を大幅に減額しつつある。中でも、今年春、F-16戦闘機8機の売却を中止したのは象徴的な事例である。これは、米国が価格の6割分を支払い、パキスタンは残りの4割を負担するだけでF-16戦闘機を購入できるという、事実上の援助であった。これに対してインドは強く反対していた。パキスタンがF-16戦闘機を手にすれば、テロ対策ではなく、インドを攻撃するために使うというのが、インドが反対する理由である。
バラク・オバマ政権はいったん承認したものの、米議会の反対に遭った。結果、米国はパキスタンに対して、全額の支払いとともに、導入後どのように使用しているかチェックさせるよう要求。パキスタンはこれを拒否した。米国がパキスタンから離れ、インドに傾斜していることを象徴する事例であった。
これと対照的なのが中国の対応だ。中国はパキスタンを守る姿勢を示している。例えば、それは国連での活動にはっきりと表れている。パキスタンが支援しているテロ組織ジェイシェ・ムハマンド(JeM)は、今年1月と9月にインドでテロを行った組織とみられており、インドだけでなく米英各国も「テロ組織」に指定している。インドは今年3月、その組織のリーダーを国連が認める「テロリスト」に正式に指定するよう提起した。そうすればパキスタンがテロ組織を支援していると国連が正式に認めたことになるからだ。そして国連安全保障理事会の制裁委員会において協議が行われ、15か国中14か国が賛成した。
しかし中国だけが反対したのだ。中国は関係国と調整する必要があるとして、決定を6か月延期したのである。今回インドが攻撃を実施したのは、その延期の期限が切れる直前であった。インドの攻撃を見たうえで、中国はさらに6か月延期し、パキスタンを支持する立場を守り続けている。
中国は、インドが原子力供給国グループ(NSG)に加盟することについても反対の姿勢を貫いている。インドだけが加盟し、パキスタンが加盟できない事態を避けるためだ。中国がこのような姿勢なので、インドでは水問題に関して中国の行動を懸念している。もしインドがインダス川水利条約を見直してパキスタンへの水の供給量を減らした場合、中国がチベットにあるガンジス川の源流を細めインドに対する水の供給量を制限することができる、と見ているためだ。
日本も方針を決定する時期が来ている
このような情勢に、日本はどのように対応すべきだろうか。結論から言えば、日印強化のために日本はより強くインドを支持したほうがいい。ただ、一定の留保も必要だ。その理由は3つある。まず、日本の国益はいくつかの点でインドの対パキスタン政策とリンクしているからだ。特に、パキスタンと中国の協力関係が緊密なのは日印共通の懸念事項だ。昨年12月31日と今年1月1日、中パの海軍は東シナ海で共同演習などを実施した。
中国が進める一帯一路政策においても、パキスタンは重要なルートだ。例えば、ルートの開発が進めば、中国が中東から輸入する石油はこのルートで運ぶことができるかもしれない。中東から、バルチスタンにあるグワダル港で陸路に入り、パキスタン国内を北上して、カシミールを通って新疆ウイグル自治区に運び込むルートが考えられる。
だから中国は、その安全確保のために、グワダル港を整備し、パキスタンに艦艇や潜水艦を輸出している。バルチスタン地域の安全確保についてもパキスタンに強く要請した(バルチスタンの反乱部隊は中国人を襲撃しているため)。カシミールでは、中パ両国で共同パトロールを実施するなど、積極的に活動し始めている。
このような中国の進出は、インドだけでなく、インド洋にシーレーンを抱える日本にとっても無視できない状況になりつつある。
またパキスタン政府首脳は、「中国の敵はパキスタンの敵」と繰り返し公言している(2012年4月にユスフ・ラザ・ギラニ首相が、2015年9月には陸軍参謀長が述べた)。もともとは中国の新疆ウイグル自治区で活動する武装組織に対して述べたものと考えられる。だが、中国の海洋進出にパキスタンが協力している姿勢を見れば、日本としては気になる発言である。
2つ目の理由は、パキスタンはかつて、北朝鮮の核兵器開発に協力した経緯があることだ。北朝鮮が開発する核兵器の設計図はパキスタンが持ち込んだものであり、パキスタンが保有する弾道ミサイルの設計は北朝鮮によるものとみられている。北朝鮮が今年実施した核実験、それに使われた核物質もパキスタンが供給したという報道がある(注2)。
3つ目の理由は、米国がインド寄りの姿勢を強めていることだ。ただ、この点は、日本として、したたかさが必要とされる部分である。これまで米国の対パキスタン政策が揺れ動いてきたからだ。今後も揺れ動く可能性がある。例えば、再び9.11のような大きなテロ事件が起きて、米国がパキスタンとの対テロ協力を強化する事態が想定される。日本も米国に協力して、パキスタン支援を強化することになる可能性があるわけだ。したがって、日本がパキスタンとの関係を完全に断ってしまうと、将来、柔軟に動けなくなってしまうことが懸念される。
以上の3つの理由をまとめると、日印関係強化のためには、パキスタンに対して今よりも強い政策が必要になるが、関係を完全には断たない方がいい、という結論になるだろう。
では具体的にどうするべきだろうか。日本は3つのことを追求すべきだろう。まず、対テロ政策で、よりインド寄りの姿勢を見せるべきである。パキスタンに対しては、インドに対するテロ攻撃を助長するような行動は、テロ攻撃を憎む日本としても看過できないことを伝える。そしてインドに対してテロ攻撃が行われ、インドがパキスタンに対して再び越境攻撃をかけた時、日本は、平和的解決を望むことを明言しつつも、攻撃に至ったインドの心情に理解を示すべきである。
第2に、パキスタンに対しては、北朝鮮の核開発に協力しないよう念を押すことが重要だ。そして第3として、パキスタンに対して、中国と一定程度の距離を置くべきであることも伝えておくべきだろう。
日本はこれまで印パの紛争とは距離を置いてきた。しかし今日、日本、米国、インドの3か国の関係はこれまでにない重要性をもっている。日本もパキスタン対策における立場をより明確にして、日米印関係をより強固なものにしていく時期が来たと考えられる。
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