スリランカのインフラ開発において、ハンバントタ港の開発は罠となる(写真:ロイター/アフロ)
中国が5月中旬、「一帯一路」サミットを北京で開催した。「シルクロード」を再構築する大規模な試みだ。ロシアやインドネシアなどの大統領も集まり、大きなイベントとなった。
このサミットに、明確に反旗を翻した国がある。インドだ。インドは招待されたにもかかわらず代表を送らなかったばかりか、「一帯一路」構想の問題点を指摘する公式声明を出した(注1)。
そのインドのナレンドラ・モディ首相は5月24日、「アジア・アフリカ成長回廊」という構想を明らかにした。これは日本とインドが協力する構想である。
インドは中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)や、BRICS首脳会議などの主要メンバー。経済面では、日本や米国だけでなく、中国やロシアとも付き合ってきた国だ。そのインドが、今、中国と対決する姿勢を明確に見せている。
どうして明確な立場を示したのか。インドが「一帯一路」構想に反対した背景、インドが日本と進めているインド洋周辺の対抗策、日本としてどうするべきなのか。本稿はこの課題を分析する。
借金漬けにして中国の影響下に
インド外務省のホームページに、「一帯一路」構想を取り上げたページがある。ここには、本来あるべき経済協力の姿と、「一帯一路」構想がその理想からかけ離れていることが書かれている。どうやら、インドは2つのことを気にしているようだ。
1つ目は、返済できないような多額のローンを中国が高い金利で貸している点だ。諸国を借金漬けにして中国の影響下に置こうとする、悪意に満ちた計画ととらえているのである。
例えば、中国がスリランカに建設したハンバントタ港の建設がその例として挙げている。スリランカ政府は、ハンバントタという場所に、中国の協力を得て港と空港を建設した。その際、中国から借り入れを受けた。金利は6.3%。
ローンは返さなければならない。だがスリランカは80億ドルに及ぶローンを返却するめどが立っておらず(注2)、中国に今後99年にわたって運営権を渡す契約に合意することになりそうだ。さらには、同港の敷地内において治安や警備の権限まで中国に認めることになりかねない。
もし治安や警備の権限を認めた場合、スリランカ政府は、ハンバントタ港の中で何が行われているか把握できない状態に陥る。同港は中国の、中国による、中国のための港になってしまう。
世界銀行や、日本が主導するアジア開発銀行から国が借り入れをする場合、利率は0.25~3%である。中国の6.3%というのは非常に高い(注3)。インドはこれを見て、帝国主義時代に欧米列強が植民地を作ったやり方と同様だと考え始めている。インドの歴史を振り返ると、英国は、税金を払えない農民の土地を差し押さえることで、インド人を、英国人の支配下においていった(注4)。
(注3)Dipanjan Roy Chaudhury, “China may put South Asia on road to debt trap”, Economic Times, May 2 2017
“インドの領土”で中国軍が道路建設
インドが反対したもう1つの理由は、インドの領土問題にかかわるからだ。「一帯一路」構想には、「中国・パキスタン経済回廊」が含まれる。中東産の石油をパキスタンで陸揚げし、パキスタン国内を北上して中国へ運ぶルートを指す。
このルートは、パキスタンが管理するカシミール地域を通過する。この部分の道路を、中国軍が駐留して建設している。インドが自国の領土と主張しているところに中国軍が駐留して道路を建設して使用するというのは、インドにとって譲れない一線だ。
こうした理由から、インドは「一帯一路」構想との対決を決めたのである。
しかし、なぜ今、対決を決めたのであろうか。何か代替案をみつけたのであろうか。実は、注目すべき経済構想が実際に動いている。中国ではなく、日本と連携する構想だ。どんなものがあるのか(図参照)。
インドと東南アジアを陸路でつなぐ
まず注目されるのは、インド北東部の道路建設プロジェクトだ。このプロジェクトの趣旨は、インドと東南アジアを陸路でつないで物流を活発化させ、経済を活性化させることにある。ただし、経済的な目的の裏に、安全保障を含めたより戦略的な思惑もある。
中国が南シナ海で強引な行動を取っている原因の一つとして、東南アジア諸国の態度がはっきりしないことがある。安全保障に不安を覚えつつも、経済面で中国に強く依存していることが一因だ。この中国依存を緩和するのに、インドとの貿易拡大が貢献する。
さらに、インド北東部には、インドと中国の双方が領有権を主張しているアルナチャル・プラデシュ州(中国名:南チベット)がある。インドは防衛力の増強を進めているが、インフラがないために軍を素早く移動させることができない。もし道路が整備されれば、それがたとえ民生用の道路だったとしても、インド軍の展開を助ける結果になるだろう(関連記事「インドが日本に示した奥の手」)。
中国に対抗し、スリランカに新港を建設
次に注目されるのはスリランカのトリンコマリー港の開発だ。日本とインドが協力して同港を建設する計画である。その戦略的背景は何か。
前述のように、スリランカでは中国がハンバントタ港を建設している。日印は、中国がスリランカで影響力を強め、最終的に中国海軍の拠点を構築することを懸念している。
そこで日印は、スリランカに中国製よりも優れた港を作り、中国の港の存在意義を低下させて、日印の影響力を維持しようとしているのである。優れた港とは、実際にスリランカの経済に資する拠点となるものだ。そこでトリンコマリー港が候補になった。
同港は、スリランカ北東部に位置する。天然の良港で、地形上、台風や津波などから守られている。深さは25mもあり、商船も軍艦(例えば空母や大型の原子力潜水艦まで)も利用できる。だから大英帝国時代にはここが海軍の拠点であった。第二次世界大戦のときに、日本の空母機動部隊が爆撃したのもこの港である。しかし、英国が去って以降、スリランカ政府はあまり利用してこなかった。
そこで日印の計画が浮上した。今年4月、スリランカのラニル・ウィクラマシンハ首相が来日したとき、日本とスリランカの両国は共同声明を発表し、トリンコマリー港の設備整備のために日本が10億円を無償提供することに言及した。
実は今月、インドのモディ首相がスリランカを訪問した際にも、トリンコマリー港の石油タンクをインドとスリランカが共同管理することで合意している。石油タンクを管理すれば、寄港した船がどの程度燃料を受け取ったかわかる。行先や目的などが推測できるから、とても重要な合意だ。
このトリンコマリー港と、中国が開発しているハンバントタ港とを比べると、トリンコマリー港のほうが不利な要素がある。ハンバントタ港がスリランカ南部を通るシーレーンのすぐ横にあるのに対して、トリンコマリー港は少し離れている。つまり、多くの船はハンバントタのすぐ目の前は通るが、トリンコマリー港の周辺には船があまり通らない。
一方、利点もある。ハンバントタ港の失敗を見てから、トリンコマリー港の開発をスタートしている点だ。実はハンバントタ港は、港と飛行場が完成しているにもかかわらず、経済的利益を生み出していない。最も大きな原因は、港と空港が都市とつながっていないことだ。ハンバントタは田舎で、スリランカの大都市は首都のコロンボである。だから、船に積んだものを売りたければコロンボ港に寄港したほうがいい。
そこで別の使い道を考える。インド、バングラデシュ、ミャンマー、インドネシア向けの荷を他の船に積み替えるハブ港として活用するならば、ハンバントタ港は役立つのではないか。しかし、これも期待薄だ。船員は、寄港したときぐらい町へ行きたい。町がない港はつまらない。結局みんな、ハンバントタ港ではなく、コロンボ港へ行ってしまう。
トリンコマリー港も大都市コロンボとはつながっていない点では同じだ。しかし、日印はハンバントタ港の失敗を見て、大都市コロンボとつなぐことを考えている。コロンボ=トリンコマリー経済回廊構想だ。距離は直線距離で255㎞、東京=大阪間の約半分だ。現在はクルマで6時間、鉄道で8時間かかる。この時間を短くする。
イランにも新港、グワダル港をけん制
日本とインドが進める3つ目のインフラ開発は、イランのチャーバハール港である。元々はインドが、イランのチャーバハールにある港の近代化を進めていた。これに日本が参加し、資金や技術面で協力する。日本がかかわる戦略的な背景は何か。やはり、中国の存在がある。
中国は今、「中国・パキスタン経済回廊」の計画を進めている。中国軍がカシミールのパキスタン側に駐留して道路を建設しているのは前述の通りだ。この道路は、中国からカシミールを通ってパキスタン国内を南下、バルチスタン州のグワダルにたどり着く。そのグワダルで中国は港湾建設を進めている。
「中国・パキスタン経済回廊」は、実は多分に軍事的な色彩を持っている。カシミールで中国軍が道路を建設しているだけでなく、グワダル港を警備するために中国軍は海兵隊1個旅団を派遣する用意をしている。また、パキスタン軍に警備艇をはじめとする武器を提供してグワダル港の警備を強化する。
中国がパキスタンに輸出する潜水艦8隻についても関係している。これらの潜水艦は、グワダル港を封鎖する可能性のあるインド海軍の接近を阻止するのに役立つだろう。
パキスタン軍の動きも顕著だ。「中国・パキスタン経済回廊」の道路を守るために、2016年、パキスタンは1万5000人(9000人の軍人と6000人の治安部隊要員で構成)からなるセキュリティ師団を創設している。今後、セキュリティ師団をさらに増設する計画だ。
チャーバハール港は中央アジア戦略でもある
しかも、この「中国・パキスタン経済回廊」構想は単に中国とパキスタンだけでなく、中央アジアへの影響力も持っている。例えば中央アジア諸国が天然資源を輸出するとしたらどこを通るだろう。
陸続きのルートはあるが、やはり海に出ないと不便だ。そこで、インド洋への出口を探すことになる。アフガニスタンを通ってパキスタンに出て、「中国・パキスタン経済回廊」の道路をたどればインド洋に出ることができる。これは、中央アジアの国々の重要な貿易ルートを、中国が管理することを意味する。
そこで、日本とインドとしては、まず、中国がインド洋へ進出するのを阻止するために、グワダル港のプロジェクトを無力化したい。方法は2つある。1つは、「中国・パキスタン経済回廊」の信頼性を低下させること。もう1つは、中央アジアからインド洋につながる別のルートを開拓することである。
1つ目の方法、信頼を低下させるにはどうしたらいいか。「中国・パキスタン経済回廊」にはもともと脆弱性がある。そのことを強調すれば、信頼が低下する。例えば、パキスタンのグワダル港があるバルチスタン州では、独立を求める反乱がある。この地域の反乱軍 は2004年に中国人技術者を殺害している。2017年に入ってからは、道路の建設現場を襲撃したり、中国人を誘拐したりする事件も起こしている。パキスタンは、これらをインドが支援したとして非難している。
インドが実際に支援している証拠はない。ただ、バルチスタンの反乱軍がおかれた状況に同情はしているようだ。インドのモディ首相は2016年8月、パキスタン政府がバルチスタンで行っている人権侵害(反乱軍を鎮圧する苛烈な作戦)について公式演説の中で初めて非難した。2016年9月には、バルチスタン反乱軍の指導者がインドに入国し、亡命を申請している。
バルチスタンにおける反乱軍の活動によってこの地域の治安情勢が不安定との情報が強調されれば「中国・パキスタン経済回廊」の信頼性が低下することが予想される
もう1つの方法、中央アジア諸国がインド洋へ出るための別の貿易ルートを開拓するのは、日印による協力事業だ。ここにイランのチャーバハール港が登場する。
この港はグワダル港にほど近いイラン側にある。つまり、中東からインドに向かうシーレーンは、先にチャーバハール港に着く。さらに、海底にガスパイプラインを敷設する。そうすると、モノも資源も、パキスタンをすっ飛ばして、イランからインドに直接つくルートを開発することができる。
チャーバハールは既に中央アジアと道路でつながっている。鉄道を建設計画もある。治安も比較的いい。だから、中央アジアの国々が「中国・パキスタン経済回廊」を通らずに、インド洋に出ることができるようになる。
今がチャンスの日本外交
このほかにも日本とインドが共同で進めている計画がある。インドが進めるチェンナイ=バンガロール産業回廊の構想は、チェンナイ港を通じて海洋の情勢にかかわるものだ。また、アンダマン・ニコバル諸島とラクシュイープ諸島では、発電所やレーダーの整備に取り組んでいる。アンダマン・ニコバル諸島はマラッカ海峡近くの戦略的重要地、ラクシュイープ諸島はインド南部に位置しておりシーレーン防衛上重要な役割を果たす。さらには、日印に加えて米国も巻き込んだ計画がアフリカ地域で進められている。
これらを総合して考えると、日印関係は新時代を迎えているといっていい。日本はインドと共同で、アフリカを含むインド洋周辺から東南アジア、そして日本につながる一大経済圏の整備を目指している。そして、この地域の安全保障の確保にも深く関わり始めている。このような緊密な日印連携があるからこそ、インドは「一帯一路」構想との対決という決断に至ったのであろう。日本としてはこのチャンスを積極的に生かし、インドと世界規模の長期的な関係を築いていくべきといえよう。
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