ドナルド・トランプ米大統領は11月6日、安倍晋三首相との首脳会談に臨む予定です。米大統領として初めて日本の国家安全保障会議(NSC)にも出席します。また北朝鮮に拉致されている横田めぐみさんの両親との面会も予定されています。ずばり、トランプ大統領が訪日する狙いは何でしょう。
米軍が運用する戦略爆撃機「B52H」(写真:ロイター/アフロ)
高濱:一にも二にも北朝鮮問題です。米国は、北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止するため、武力行使一歩手前の軍事演習や経済制裁措置を取ってきました。日本はそれに全面協力しています。それでも金正恩委員長は核・ミサイル開発を止めようとはしません。
トランプ大統領は「盟友」である安倍首相とこれからどうするのかについて徹底的に論議し、新たな対応策を練り上げる意向のようです。安倍首相との合意を踏まえ、金委員長にいわば「最後通告」を突きつけることになるかもしれません。
「最後通告」の中身はどんなものになるでしょう。
高濱:そればかりはわかりません。極秘中の極秘でしょうから(笑)
ただし、トランプ大統領が今回の訪日とそのあとに続く訪韓・訪中をどれだけ真剣に考えているか、それが窺える動きが訪日前に一つ出ています。極めて手の込んだ「情報戦争」というか、「心理戦争」を開始したのです。
「米市民に告ぐ、韓国内の個人資産を移動せよ」
ワシントン政府部内に流れる極秘情報を配信している「ネルソン・リポート」*が10月21日、次の情報を流しました。*:「ネルソン・リポート」は、クリストファー・ネルソン氏が80年代に立ち上げたアジア関連情報ニュースレター(会員制)。米政府機関に特別な情報源を持っている。日本をはじめとするアジア諸国の外交官や米政府・議会のアジア外交関係者が購読している。
「米政府高官(複数)が、非公式の背景説明ではあるが、増大する北朝鮮の核ミサイルの脅威に対抗して、米軍が北朝鮮に対して先制攻撃(pre-emptive strike or Kinetic action)する可能性を深刻にとらえるべきだと警告している」
「北朝鮮が開発する核ミサイルの脅威が増大していることにかんがみ、韓国国内に個人資産(personnel assets)*を保有している者(米国市民)はそれを(韓国国外)に移動させることが望ましい。この警告は北朝鮮内で活動し、(韓国内に個人資産を保有している)一部の非政府組織(NGO)にも出された。これは朝鮮半島で有事が生じた際に、外国人が(北朝鮮の)『人質』になるリスクを配慮しての警告である」*:個人資産とは、現金や預貯金、投資信託、有価証券などの金融資産を指す。
(
"How To Talk Like A Spy," Paul Szoldra, Business Insider, 9/3/2017)
「この情報は信頼すべき筋から入手したもの。ただし、あくまでも非公式の発言であり、公式なものでない点を明確にしておきたい」
「前述の米政府高官は『北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発が完了するのを未然に防ぐため軍事行動をとるとトランプ大統領が決定した』と明言しているわけではない。しかし同高官は、この情報を北京、ピョンヤン、東京、ソウル(の各国政府当局)は深刻に受け止めるべきだ。仮説で警告しているのではない、とも指摘している」("Tonight's Nelson Report(A reputable newsletter on NE Asia):Removing personnel assets from ROK now advisable, say sr. admin.official," Nelson Report, 10/21/2017)
この米政府高官はなぜ、このような重要な情報をワシントンの一部外交関係者向けのニュースレターだけにリークしたのですか。
高濱:米国務省の関係者の一人は、筆者に「心理戦争だよ。トランプ政権の情報戦争も手が込んできた。アジア諸国の外交官たちが信頼している『ネルソン・リポート』に情報を流せば、日本も韓国も中国も、そしてなによりも北朝鮮が驚く」と解説しています。
46年ぶりに戦略爆撃機B52Hに24時間アラート体制
「極秘情報」がもう一つあります。これは軍事専門サイトの「ディフェンス・ワン」が特報しました。
北朝鮮のICBM発射に備えて米戦略軍が、ルイジアナ州バークスデール空軍基地などに待機する戦略爆撃機B52Hに24時間アラート準備体制を命じたというものです。B52Hは核爆弾と空中発射巡航ミサイル(ALCM)を搭載しています。
10月22日、デビッド・ゴールドフィン空軍参謀総長が同基地を直々に視察しました。B52Hが24時間アラート体制に入るのは冷戦が終結した91年以降初めのことです。(
"Exclusive: US Preparing to Put Nuclear Bombers Back on 24-Hour Alert," Marcus Weisgerber, cdn.defenseone.com., 10/22/2017)
主要メディアも報じない情報がなぜ、特定の軍事専門サイトにリークされているのですか。
高濱:前述の国務省関係者は、こう指摘しています。「これもトランプの東アジア歴訪を前にした『準備体操』(muscle-flexing)のようなものだ」
北朝鮮の情報機関や外務省は当然、「ネルソン・リポート」や「ディフェンス・ワン」をチェックしているでしょう。これを読んだ北朝鮮当局者に「脅しじゃないぞ」と言いたいのでしょう。返す刀で日韓中の政府当局者にも「奇襲攻撃の可能性」に対する米政府・軍の真剣度をわかってもらおうという狙いがあるのかもしれません。
トランプ大統領が拉致に関心がある理由
トランプ大統領は政府主催の行事に出席するほか、横田滋夫妻らとも会見します。拉致された横田めぐみさんについては先の国連総会演説でも触れました。トランプ大統領はどうして拉致問題にそんなに関心があるのでしょう。
高濱:トランプ大統領は今にも北朝鮮に攻撃を仕掛けるような発言を繰り返しています。その一方で、今実際にやっているのは、米国が保有するすべての国力を総動員して行う包括的かつ総合的な対北朝鮮戦略です。
つまり国連安保理に対する影響力、軍事力、経済力、人権擁護を貫く力、情報伝播力、サイバー力を総動員して北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止しようとしているのです。
こうした現状において、北朝鮮による日本人拉致は、米国が金科玉条にしてきた国際法遵守と人権擁護の面から絶対に無視できないアジェンダなのです。
語弊を恐れずに言えば、拉致問題は今のトランプ大統領にとって、北朝鮮が「ならず者国家」であることを立証する格好の材料、シンボリックなアジェンダなのです。しかもトランプ大統領がこの問題に理解を示し、世界に向かって発言することで日本国民の心を鷲づかみできます。
トランプ大統領と安倍首相はなぜ馬が合うのか
最後に、トランプ氏と安倍首相はなぜ馬が合うのでしょう。米国サイドから見てどうですか。
高濱:主要シンクタンクの上級研究員の一人は筆者にこう述べました。「二人にはいくつもの共通項がある。ともに金持ちのお坊ちゃんだったこと。超秀才ではないこと。あまり学校での勉強が好きじゃなかったこと」
「でも安倍さんは大学を出た後、政治家の父親(安倍晋太郎元外相)の下で政治の現場を学んだし、トランプさんは不動産業で名を成した父親(フレッド・トランプ氏)の下でビジネスと経営術を徹底的に叩き込まれた。それぞれがこれまでに上げた業績を、お互いに評価していることがわかっているのだろう」
「そうした名門であるにもかかわらず、どちらも結婚は家柄とかしきたりから完全に解き放たれていた。トランプさんのほうは自由奔放。安倍さんも恋愛結婚じゃなかったのかな。それに二人とも趣味はゴルフ。今回も日本で、プロゴルファーを交えてプレーするそうじゃないか」
筆者はかって、ロナルド・レーガン第40代大統領と「ロン・ヤス関係」を築き上げた中曽根康弘元首相に首脳同士の信頼関係について聞いたことがあります*。
中曽根氏はこう述べました。「政治家ではないほかの人間と同じ。第一印象だよ。最初に会ってお互いに目を合わせて握手して、この人とはうまくいきそうだな、と思うか思わないかだ。特に外国人の場合、第一印象が重要だ。レーガン氏は会った瞬間に『この人はいい人だな』を思わせる雰囲気があった」
*:17年3月6日、都内の中曽根事務所で筆者と面談した際の中曽根氏の発言。
安倍首相とトランプ大統領も最初の出会いで通じ合うものがあったのだと思います。
アメリカ在住のジャーナリストで、このコラムの著者である高濱賛さんの最新刊が発売になりました。
大統領選挙での勝利から丸1年を迎える11月、トランプ訪日のタイミングに合わせて、在米ジャーナリストだからこそわかる『アメリカ人から見た生のトランプ』の今をリポート。
ロシアゲート疑惑、緊迫化する北朝鮮情勢、政権崩壊4つのシナリオ…。最新情報を基に縦横無尽に切り込みます。
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