イラクで息子を亡くしたカーン夫妻(写真:AP/アフロ)

米共和党の大統領候補となったドナルド・トランプ氏の支持率が8月に入って降下。米民主党のヒラリー・クリントン候補が9%もリードする展開になっています。両党が全国党大会を終えて以後、いったい何が起こっているのですか。

高濱:一言でいうと、クリントン氏が「敵失」(Self-destruction)に乗じて、共和党支持層や無党派層の票を着実に獲得し始めたのが要因です。「敵失」とはトランプ氏の暴言を指します。

 トランプ氏の支持率が降下する要因として、安全保障・外交や経済に対する理解不足からくる非現実的な主張が挙げられます。とくに、核のボタンを押す権限をトランプ氏に与えることに、専門家たちが超党派で危機感を抱いていることが、同氏の支持率に大きな影響を及ぼしていることは間違いありません。

 しかし支持率が下降している直接的な要因は、やはり今回の暴言でした。報道でご存知のようにトランプ氏は、イラク戦争 で戦死したイスラム教徒のホマユン・カーン大尉の父親でパキスタン移民のキズル・カーン氏に誹謗中傷を加えたのです。

「ゴールド・メダル・ファミリー」を冒涜

 トランプ氏がイスラム教徒の入国禁止を主張していることに対してカーン氏が、米国憲法がすべての米国民の自由と平等を保障していることをとらえてこう発言したからです。

「トランプさん、あなたは一度たりとも米国憲法を読んだことがありますか」 「あなたは一度たりともアーリントン墓地を訪れたことがありますか。あそこには米国のために命を捧げた米兵が眠っています。人種、宗教、文化を超えて、すべての戦死者が眠っているのです」
 カーン氏はトランプ氏によって、自身のプライドが傷つけられたと思ったのでしょう。

 トランプ氏はカーン氏の演説について、「どうせヒラリー・クリントンのスピーチライターが書いたものだろう」と毒づき、さらにカーン氏の妻が一緒に登壇しながら無言だったことを取り上げて、「彼女は夫に何も言わせてもらえなかったのではないか」と、イスラム教徒の女性であるがゆえに発言できなかったとほのめかしました。

 カーン氏によるこの演説は全米で同時にテレビ中継されるとともに、ユーチューブを通じて全世界に流れ、感動を呼びました。それだけにトランプ氏の反論は顰蹙を買ったのです。同氏の暴言に米国民は慣れっこになっていたのですが、今度ばかりは堪忍袋の緒が切れました。やはり物事には限度というものがあります。

トランプ氏はこれまで女性、メキシコ系移民、イスラム教徒と、手当たり次第に侮辱発言を繰り広げてきましたね。今回はなぜこれほど激しく非難されたのですか。

高濱:米メディアは戦死した兵士の遺族を「ゴールド・スター・ファミリー」(名誉戦傷勲章受章者家族)と呼びます。国のために命を捧げた兵士とその家族を称える表現です。国家のために戦場で自らの命を犠牲にすることは米国人にとって最高の「愛国心の表れ」「愛国のシンボル」とされています。「ゴールド・スター・ファミリー」を冒涜することは最大のタブーなのです。