「男性育休100%取得」。日本生命保険の取り組みは大きな話題となった。すでに100%取得率が3年続き、累計1000人以上の男性社員が育児休業を取っており、これは男性社員の15%にあたる数字だという。男性の“家庭進出”が歓迎される会社は女性活躍も進む。
同社は「女性管理職520人」の目標を2年前倒しで達成、先に発表された「日経WOMAN女性が活躍する会社」でもベスト10入りした。
(インタビューアー/麓幸子=日経BPヒット総合研究所長・執行役員、取材・文/西尾英子、撮影/竹井俊晴)
管理職を目指す層をいかに厚くするか
今、女性活躍というと、「正規で働くエリート女性たちのもので、一般職の自分たちには関係ない」と疎外感を抱く女性も多いようです。これについてはどのように思いますか。
中村:当社はリテール部門では、営業職員が全国で5万人活躍していますが、その9割が女性です。彼女たちのお客様をしっかりとつかむ力、そして信頼を得て契約を維持していくというパワーはすごいと常々感じていました。今後、ますます時代が変化していく中で、現場で頑張る彼女たちの価値やパワーを経営の中にどんどん取り込んでいかないと会社として成長していけないという思いがありました。すべての女性たちに活躍してほしいと思い、いろいろ制度を変えました。
どのように変えたのでしょうか。
中村:以前は、事務職も、一般職と業務職に分かれていましたが、人事部長になった際にそれをひとつにして制度改正を行いました。その上でソフトの部分に着手。両立支援制度の浸透をアピールしつつ、長く働くだけではなく、キャリアアップしていこうと、一人一人のキャリア形成に価値軸を移すような取り組みを行うなかで、管理職を育成する必要性を痛感しました。「管理職を何人にする」といった短期的な取り組みではなく、持続的に女性が活躍出来るようにするには、管理職を安定的に育成していける仕組みを作ることが大事です。そのためには「管理職を目指す層」を厚くする必要がある。そうした取り組みを持続的に行っていくことが、生命保険会社が今後も社会に貢献していけるカギになるのではないかと思っています。2012年からは、女性管理職候補者の層作りに向けた選抜研修を導入しています。
中村克氏
1984年大阪大学卒業。同年入社。2009年人事部長。2011年執行役員人事部長兼震災復興局。2012年同兼人材開発室長。2013年執行役員業務部長。2015年3月常務執行役員審議役(人事部)。同年7月取締役常務執行役員(現職)。
選抜研修は、どのようなものなのでしょうか。
中村:2年間にわたるプログラムの中で、2日間の研修を3回ほど行っています。2012年は80人、14年には40人ほどを全国から選抜しました。研修では宿題を与え、日々の現場のなかでその課題を解決していくということを何度か繰り返します。それまで、管理職になるという意識が薄かった人たちでしたから、2年かけて「必ずなれる」と背中を押しながら不安を払拭し、その一方で課題を与えて成長を促すことで、自信と意識を高めていきました。そのかいあって、管理職候補の層がきっちりと育ってきましたね。会社としての期待を彼女たちに伝えたことにより、チャレンジ意欲が大いに高まりました。今度は、管理職候補のさらに手前の人たちの意識付けをするべく、研修の幅を広げています。
「女性管理職520人」を前倒しで達成できた理由
4月に女性活躍推進法が施行され、各社数値目標の公表が義務付けられました。厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」ではそれが横並びで見ることができ、非常に興味深いです。日本生命は、女性管理職の比率を「2020年代に30%を目指し、2020年に20%以上とする」と発表されました。この数値が出た経緯を教えてください。
中村:2014年に初めて「女性管理職520人」という目標値を公表したのですが、育成計画の成果が想像以上に早く出て、2年前倒しとなる今年の異動でクリアできました。4月から施行される女性活躍推進法に伴い、新たに目標を立てるなかで、政府が目標としている30%を2020年代に目指すことにしたのですが、少し遠い目標になるので、身近なところで2020年に20%という数値を掲げることにしました。先日達成した管理職520人が15%弱になりますので、十分に達成可能だと思っています。
「管理職520人」を前倒しで実現出来た理由をどう見ますか。
中村:どういう候補者がいるかを人事部と所属長が固有名詞で把握し、しっかりと連携を取りながら進めることができた点がまずひとつ。そして、営業でも同じように管理職候補を集めた研修があるのですが、具体的な目標を掲げてやってきたこと。この2つがスムーズに進んだことで、実現可能になったのではないかと思っています。
取り組みは、当初から順調でしたか。もしくは、何かの阻害要因があったけれど、クリアしてきたということでしょうか。
中村:初めての取り組みですから段階を踏んで進めてきましたが、対象者から「プレッシャーを感じる」という声もありました。そこで、彼女たちのキャリア形成を進めると同時に、共に働く男性や管理職の意識改革に着手しました。男性の意識改革、所属長が女性を育成していくという意識を持ってもらうことで、男女ともに活躍しやすい環境が出来上がるという考えからです。
昨年から、役員が、課長相当職にあたる女性管理職のメンターをしているそうですね。
中村:やはり課長から上の層がなかなか育たないという課題から、さらに上を目指してもらえるようにとスタートしました。昨年は22人の役員が、課長2年目以降の81人の女性のメンターをしています。皆、課長として一生懸命なのですが、まだその先をイメージしていない人がほとんど。でも、そうではなく、「たまには部長と意見を戦わせてはどうか」とか「上を目指してキャリア形成をするなら、強みを掘り下げるだけではなく、仕事の幅を広げたほうがいいね」などと、アドバイスをしていますね。
課長までは女性が育ってきたが部長まではまだ…と悩む企業にとっては参考になる取り組みです。女性が活躍することによるビジネス上のメリットはどうでしょうか。
中村:女性社員たちからの提案でスタートしたサービスが好評です。学資保険を発売したときに、子どもを持つ女性社員のみで構成されるチームが提案した「育児相談ほっとライン」というサービスもスタートしたのですが、学資保険の初年度の販売件数は10万件を突破。こうしたアイデアは、男社会のなかではなかなか思いつきません。女性特有の健康上の悩みを女性スタッフが応対するサービスも女性の声から生まれたものです。
管理職候補層に対する選抜研修の模様。2年間にわたるプログラム
育休を取得した男性は1000人を超え、全体の15%に
女性の意識改革やキャリア支援に比重を置く企業は多いのですが、日本生命では男性や上司の意識改革も同様に進めていますね。
中村:長時間労働が多いこれまでの男性型の働き方では、女性ばかりかこれからは男性も活躍していくことは難しい。価値観を変える必要があります。そこで働き方の変革に取り組もうと旗揚げしたのが、「男性の育児休業100%取得」でした。
男性育休100%取得のインパクトは社内外で大きかったと思います。現状では、民間企業の男性の育休取得率は2.3%しかありませんから。
中村:当時、男性社員で育休を取得するケースはほとんどなく、「無理じゃないか」という声もありましたが、中途半端な数字を掲げても意味がない。それに、男性が育児に関わることで女性の両立に対する理解も深まるし、効率的な働き方を自ら考える良いきっかけになるはずです。会社にとっても本人にとっても部下にとってもプラスになる。最初は大変かもしれないけれど、皆で頑張ろうと決意しました。すでに100%の取得率が3年続き、累計1000人以上の男性社員が1週間の育休を取っています。これは男性従業員の約15%にあたります。
とはいえ、忙しい現場を1週間も離れるというのは、現実的にはなかなか大変だったのではないでしょうか。混乱や軋轢が生まれるといったことはありませんでしたか。
中村:育休は、子どもが1歳半になる年の年度末までどの時期に取得してもよいことになっていますから、年初に各自で休暇取得のスケジューリングをします。取得する男性社員も管理職である場合が多いので、自身でマネジメントすることが成長にもつながると伝えています。すでに3年目なので、会社全体でもサポートする体制ができ始めていますね。
「100%育休取得」のためには、対象者の上司が働きかけることも重要ですよね。そうした取り組みも行っているのでしょうか。
中村:当社では、課長相当職の管理職をニッセイ版「イクボス」として育成し、取り組むべき行動として4つの「イクジ」をあげています。次世代育成に注力する「育次」、闊達な組織・風土を作る「育地」、部下のワークライフバランスを大切にする「育児」、そして自ら成長し続ける「育自」です。経営計画の中の「人財価値向上プロジェクト」にこの4つのイクジを入れることで、社内に明確にアピール。セミナーやイクボス養成講座などを行い、イクボスを広める取り組みも行っていますね。
「イクボス」育成の取り組みは年間を通じて行っています。昨年は、社長自らがイクボスを集め、「人財価値プロジェクト」やイクボスの意味合い、経営戦略との位置付けなどを話しました。これまで、社長が課長に対して直に話をする機会はなかなかなかったのですが、昨年は社長自らが「人財価値向上プロジェクト」の座長を担っており、いろいろな層に直接発信しています。また、イクボス養成講座やセミナーも実施しており、昨年度は、本店本部の課長層に全員受講してもらい、全体で400人ほど集まりました。加えて、部下による上司の評価や意識実態調査などを見ていきながら、部長層から組織運営の指導を受けるなど、高いレベルで仕事ができるように養成しています。
管理職を「イクボス」として育成することを重視。他社との交流会も実施。
課長が「イクボス」となるような様々な仕組みや仕掛けがあるということですね。12月に閣議決定された「男女共同参画基本計画」でも、男性の育休が目標数値になっていますが、それに先駆けた形になっていますね。
中村:期間の長さなど、さらに進化できると思いますし、この先10年も経てば、本当に貴重な財産になり、今掲げていることが実現していくと考えています。今から楽しみです。
今後の課題はどのあたりにあるとお考えですか。
中村:ひとつは介護の問題です。個々人でいろいろなケースがあると思いますので、どうしたら皆が問題を解決しながら両立していけるかを解いていかないといけません。せっかく育った管理職が離職せざるをえないという状況にならないようにしたいですね。
もうひとつは、皆が高い目標を持って仕事を続けられる仕組みをいかにつくるかということです。大きな課題ではありますが、長期的な視点で、育成や風土づくりに取り組んでいきたいと思っています。
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