11月下旬、ニューヨークで講演したパウエルFRB議長(写真: AP/アフロ)
「カネ余りの宴」の終わりが意識される中で、さらには世界経済の成長が鈍り始める中で、米国株が10月以降、急落を繰り返している。東京市場でも株価が下がり、国債が買われている(利回りは低下)。2019年には金融市場の不安定化が一層鮮明になり、米国の中央銀行FRB(連邦準備理事会)は利上げを止めざるを得ないだろう。
今では覚えている人も少ないだろうが、米連邦公開市場委員会(FOMC)が量的緩和第2弾(QE2)を決めた翌日、10年11月4日の米紙ワシントン・ポストに寄稿したバーナンキFRB議長(当時)は、「より高い株価は消費者の富を大きくし、信頼感が増すのを支援するだろう」「そしてそれは、支出を促すことにもつながり得る」「支出増加は景気拡大を一層支援するだろう」とした。株価の押し上げこそが量的緩和(QE)の本当の狙いなのだと、筆者は受け止めた。
先進国の主要3中央銀行(FRB・ECB・日銀)の総資産は、08年以降、量的緩和が実行される中で増加を続けてきた。中銀バランスシート上の超過準備が株式などリスク資産への投資に直接回るわけではないが、「量」拡大が続くことによる一種の安心感により、市場のセンチメントが「リスクオン」に傾きやすくなったことは間違いあるまい。
しかし、これら3中銀の総資産を合算した額がピークをつけて減少に転じるタイミングが近づいている<図1>。すでにそれを意識して動揺しやすくなっている市場心理が、年明け後に一層不安定化することは避けられまい。
図1:日米欧中央銀行のバランスシートにおける総資産の合計額(ドル換算)
注:ECBは1ユーロ=1.13ドル、日銀は1ドル=113円で換算
(出所)FRB、ECB、日銀資料から筆者作成
米国では、17年9月のFOMCで、FRBのバランスシートを縮小し始めることが決まり、緩やかなペースで同年10月から実行されている。18年11月21日時点でFRBの総資産は4兆1062億ドル。17年11月(29日時点)と比べると、前年同月比▲7.5%である。
年末で止まるユーロ圏のバランスシート拡大
ユーロ圏では、18年6月のECB理事会で、月300億ユーロになっていた量的緩和(資産買い入れ)を10月から月150億ユーロに半減した上で、年末で打ち切る方針が決まった。そして、9月および10月の理事会で、上記の方針が確認された。ECBのバランスシート拡大は、年末で止まる(年明けからは再投資政策によってバランスシートの規模を維持)。18年11月16日時点で、ECBの総資産は4兆6383億ユーロ。17年11月最終週のデータと比べると、前年同月比+4.1%である。
日本では、日銀が16年9月の金融政策決定会合で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」に切り替えることを決定。これにより、量ではなく金利(長短の政策金利)が、金融政策運営のターゲットになった。
さらに、18年7月の同会合で日銀は、「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」を決定。緩和がこのまま長期化することを前提に、持続可能性を高めるための措置として、長期国債買い入れの弾力化などが決まった。日銀保有長期国債残高の増加額は「めど」である「年間約80兆円」を大きく下回っており(18年10月末の前年同月末差は+42兆7433億円にとどまった)、マネタリーベース、ひいては日銀の総資産が拡大するペースも落ちている。
18年11月20日時点で日銀の総資産は553兆6327億円。17年11月末と比べた場合、前年同月比は+6.1%である。なお、日銀の総資産は日本の名目GDPを超える規模まで、すでに膨らんでいる。1つ前の11月10日時点の営業毎旬報告の数字をもとに、日本のマスコミはその事実をこぞって報じた。
総資産規模は、FRBが減少、ECBが年末で増加停止、日銀は増加ペース鈍化となっており、やや強引に計算すると、3中銀合算の総資産額は、足元では前年同月比+1.0%程度まで増加ペースが落ちている。そして19年にはいずれかの時点で減少に転じる可能性が高い。
このように市場が「カネ余り相場の宴」の終焉(しゅうえん)をいやでも意識せざるを得なくなる中で、ハイテク株および原油先物の「ミニバブル」がすでに崩壊した。社債やローンの市場でも、リスクを回避しようとする動きが目立っている。この先、金融市場はもっと大きな動揺をきたすのではないか。筆者はそうした警戒感を、強く抱いている。
金融市場の動揺と同時並行的あるいは相乗的に進んでいるのが、世界経済の減速である。IMF(国際通貨基金)は10月、世界経済の成長率見通しを2年3カ月ぶりに下方修正した。
OECD(経済協力開発機構)が11月12日に発表した9月の総合先行指数(CLI)は、OECD加盟国で引き続き「経済成長のモメンタムが弱まっている(Easing growth momentum)」ことを示すものになった。
9月のOECD全体のCLI(長期平均=100)は99.5で、データベースで入手できる細かい数字で比較すると(以下同様)、10カ月続けて低下した。CLIは、6~9カ月先における経済活動のトレンドからの転換点を予測する指標である。
世界経済全体がスローダウンへ
先進国・地域のうちで経済成長のモメンタムの弱まりが最も目立つのは、ユーロ圏である<図2>。
図2:OECD総合先行指数 米国・ユーロ圏・日本
(出所)OECD
9月のCLIは99.6で、10カ月連続の低下。基調判断は「経済成長のモメンタムが弱まっている」になっている。国別ではドイツ、フランス、イタリアがいずれも低下中。ちなみに、ユーロ圏の外にあるが、英国でもCLIは下がってきている。
米国の9月のCLIは99.9。小数点第1位までの左記の数字に従えば前月比横ばいで、基調判断は「経済成長のモメンタムは安定的(Stable growth momentum)」になっている。だが、細かい数字をとると、6カ月連続の低下である。
日本の9月のCLIは99.7で、かなり緩やかな動き方ではあるが、実は11カ月連続で低下中。基調判断は米国と同じ「経済成長のモメンタムは安定的」である。
日米(およびカナダ)に関する「経済成長のモメンタムは安定的」という9月分発表時点での基調判断が、仮にこの先下方修正されるようだと、世界経済全体のスローダウンがますます明確になる。
その後、11月21日にはOECDも、世界経済の成長率見通しを下方修正した。
11月14日には、日本の7-9月期GDP1次速報で実質GDPが前期比▲0.3%・同年率▲1.2%になり、今年に入ってからでは1-3月期に続いてのマイナス成長になった。豪雨・台風・地震という規模の大きい自然災害が相次いだことが主因だが、米国の利上げや米中貿易戦争などを背景とするグローバルな景気減速に伴う輸出の悪化という要素も含まれた数字だと考えられる。
同日に発表されたドイツの7-9月期実質GDPは前期比▲0.2%で、15年1-3月期以来のマイナス成長。これには同国の自動車業界による排ガス・燃費検査強化への対応が出遅れて生産が落ち込んだという特殊要因が影響しているのだが、製造業PMI(購買担当者指数)の持続的な弱さなども考え合わせると、世界経済減速が影響した面も少なからずあると考えられる。
そのような中で、国内の債券市場における長期・超長期ゾーンの国債利回りの低下が、このところ目立っている。日銀がコントロール対象にしている10年債は11月19日に0.090%まで低下(8月23日以来の水準)。翌20日には投資家の買い需要が集まりやすい20年債が一時0.605%になったほか、40年債が節目の1%を下回り0.995%をつける場面があった。その後も金利低下が断続的に見られている。
こうした動きの背景には、①3月決算期末が徐々に意識される(時間がなくなってくる)中で円の余剰資金が消去法で超長期債に向かいやすくなっていること、②そうした動きを後押しする大きな状況変化として米国株安・米国債利回り低下・円高・ドル安が徐々に進んでいること、③日銀の言う「経済・物価情勢等」にあてはまると考えられる米国市場の動きに沿った自然な(債券市場に本来備わっているべき市場機能に沿った)金利低下を日銀金融市場局が強くけん制してくるとは考えにくいこと、以上3点があると、筆者は整理している。
上記①の関連で、いわば「見切り発車」的に超長期債など国内債への買いが強まるのではないかと筆者が考えた大きなきっかけは、日経QUICKニュースが11月15日の夕刻に配信した記事「東証REIT(不動産投資信託)指数が年初来高値、ETF(上場投資信託)型に地銀マネー大量流入」である。
東証REIT指数はこの日、1794.77に上昇して年初来高値を約5か月ぶりに更新したのだが、その背後には地方銀行の買いがあるというのである。以前であれば、上記指数の1800近辺は地銀勢の利益確定売りが出やすい水準とみなされていた。そのあたりの水準でも地銀勢から買いが入ったということは、円ベースで相対的に高い利回りを得ることができる金融商品への需要の強まりを示唆している。
米国市場での株安・米国債利回り低下(上記②)について、筆者は現時点ではまだ、万全の自信を持てるまでの環境にはなっていないと判断している。そうなるために必要だと筆者が考えるのは、①米国の景気が目立って減速したことを示すエビデンス、具体的にはGDP(国内総生産)や雇用統計といったメジャーな景気指標の下振れの累積、②米30年債利回りが以前のレンジにおいてしっかりした「天井」だった3.25%以下の水準に戻ること、以上2点である。
米国のGDPは、前期比年率で見た場合、4-6月期の+4%台から7-9月期は+3%台に減速しており、アトランタおよびニューヨーク地区連邦準備銀行の予測モデルでは10-12月期は+2%台に伸びを落とす見込みである。だがそれでもまだ、米国の潜在成長率である+2%弱よりも高い。19年1-3月期に前期比年率+1%台半ば以下まで鈍化しそうなら、1-3月期にFRBが利上げを休止する(スキップしてこのところの四半期ごとの利上げペースを崩す)可能性が高まる。
数多くみられるリスクオフの材料
ただし、経済指標で確認されずとも、FRBが利上げを休止するシナリオも考えられる。今後の米景気動向に大きな影響を与え得るのが、11月19・20日と2日連続で大幅安になるなど、このところ非常に不安定になっている米国株の動向である。
すでに述べたように、「カネ余り」相場がついに終わるのではないかという不安心理が強まりやすい状況で、しかも、過半数を制した下院民主党による年明け後のトランプ大統領追及、米中貿易戦争の継続と中国経済のダウンサイドリスク、EU離脱合意案が英下院で12月11日に否決される可能性、イタリアの財政問題など、「リスクオフ」に市場が傾きやすい材料がこの先数多く見いだされる中、米国株が今後大幅に下落する可能性は、少なからずある。
市場の大きな混乱に直面した場合には、パウエルFRB議長は「安全運転」を志向し、利上げを止めにかかるのではないか。ちなみに、住宅バブル崩壊の責任論が噴出するよりも前、FRB議長時代に「マエストロ」と呼ばれて尊敬されていたグリーンスパン氏の政策運営手法を、8月24日のワイオミング州ジャクソンホールでの講演でパウエル議長は称賛していた。グリーンスパン氏は株価急落時に金融緩和で積極的に対応したことで知られている。
株価は急落リスクをはらむ展開が続くだろう。日米の長期金利はさらに低下し、100円ラインを脅かすほどの円高・ドル安進行が19年半ばにかけて起きるだろうと、筆者は引き続き予想している。
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