“強制的に”賃金を上げさせることには反対

 企業の内部留保が記録的高水準なのだから懲罰的な課税をちらつかせてでも賃金を支払わせればよい、という考え方もある。だが、筆者はそうした強引な手法には反対である。市場経済の中で企業経営者が合理的な判断を下していることに官が介入することは、経済における資源配分をゆがめてしまうほか、効率性や活力を奪ってしまう恐れがある。

 このコラムでも何度も強調してきた点だが、日本経済の成長力が低下し、国際的地位も徐々に落ちてきた最大の原因は、人口減・少子高齢化である。安倍首相は最近、「1億総活躍」というキャッチフレーズをあまり口にしなくなったが、現在のままの出生率や消極的な外国人受け入れのままだと、日本の総人口が1億人を割り込むのは時間の問題である(厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の中位推計では2053年に1億人割れ)。

 筆者は「人あっての経済」という考え方を重視している。人間の数が減り、高齢化で消費支出がさまざまな制約をうけるようになっていくと、その国の消費市場の総規模は確実に縮小する。それがわかっているからこそ、多くの企業は国内での工場増設など生産能力の増強には慎重だし、逆に、伝統ある工場を閉鎖するなど生産能力縮小に動く大手メーカーの動きが断続的に伝えられているわけである。

国内市場は縮小していくから、企業はベアを上げたくない

 いわゆる「官製春闘」の下で政府から経営側が要請を受けているベースアップ(ベア)も、少なからぬ企業の経営者からすれば、非合理的な話だろう。国内市場はこの先縮小し、国内従業員の売上・収益への貢献度は落ちていくと見込まれる。したがって、いまベアをつけて固定費的に賃金水準を持ち上げるのは、将来見通しに逆行する動きとなる。

 だから、官の側からの強い要請をかわし切れずに春闘でベアをつけた企業は、定年再雇用の際の大幅な賃金カットや非正規社員比率の引き上げなどによってなんとかバランスをとり、全体として人件費の支払いが増えないように工夫している。そうなると、労働者1人当たりの賃金水準はなかなか増えてこない。

 このように、企業の景況感が製造業中心に一段と改善する一方で、消費マインドの指数は動きが鈍く、収入(賃金)の伸び悩みがそのことに寄与している。

 日本の人口動態の将来像(人口減・少子高齢化の一層の進行)に変わりがなく、国内の消費市場の先行きを企業が今後も慎重に見ざるを得ないとするなら、1人当たり賃金は企業経営者による合理的判断の結果、今後も伸び悩みを続けざるを得ないだろう。したがって、個人消費が主導する安定した景気拡大ステージの到来は、今後も予想し難い。