“コミュ障”と自称、ますますサイバー空間にはまる

 好きな音楽関係のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で全国のさまざまな年齢の人たちと会話していると、若年層の中には「自分はコミュ障(コミュニケーション障害)気味です」と言ってはばからない人がいる。サイバー空間では自由にものを言えるが、学校生活のリアルな場面ではうまく言いたいことを伝えられないというのである。となると、ますますサイバー空間に居どころを求めることになってしまう。

 アウトドア派の高齢層は、体力・気力がいつまで続くだろうか。健康志向の強まりで頑張っているが、個人差はあるにせよ、どこかで限界に直面するだろう。一方、インターネットやスマートフォンと生まれた時からお付き合いしている世代が全体に占めるシェアは、時間の経過とともにますます大きくなっていく。

対面のコミュニケーションはなくなっていく?

 年齢が高い層のアウトドア派からの脱落と、年齢が低いインドア派の着実なシェア増大という両サイドから、従来のような人と人の対面を伴う血の通ったコミュニケーションは存在感を徐々に低下させていく恐れがある。もしかすると、個人レベルまで社会の分断化がどんどん進んでしまい、社会としての一体性を保つことさえ困難になってしまうかもしれない。

 さらに想像を膨らませると、何万年というスパンで考える場合、人間という動物が「動かない存在」になってしまうと、それに応じた身体的特徴への進化(退化?)があるかもしれない。子どもの頃の雑誌の付録に、「人類の未来の想像図」ということで、宇宙人のような奇妙な姿の生物の絵が描かれていた記憶がおぼろにある。

 IT(情報通信技術)の進化と経済的なメリットをはやし立てるのは簡単だが、その裏側で社会そのものが脅かされていることについて、政治家やオピニオンリーダーと呼ばれる人たちは、もっと注意喚起した方がよいのではないか。

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