今回の衆院選でも、財政規律強化を前面に出している政党は見当たらない。(画像:PIXTA)
ムーディーズは「格付け引き下げ要因にならない」というが…
ロイター通信が10月3日夕刻に配信したインタビュー記事「消費税の使途変更はプラス=ムーディーズ」は、債券市場でちょっとした話題になった。そこでは、安倍晋三首相(自民党総裁)が打ち出している①10%への消費税率引き上げ時の使途変更(拡大)と、②2020年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化目標の先送りは、いずれも日本国債の格付けを引き下げる要因にはならないという、米大手格付会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスの見解が、これ以上ないほど明確に示されていた。
電話インタビューに応じた同社のシニア・クレジット・オフィサー、クリスチャン・ド・グズマン氏は足元の日本経済について、「政府の経済政策が成長をけん引している」と述べて、「アベノミクス」を前向きに評価した。安倍首相が打ち出した消費増税時の使途変更については、「プラス面がマイナス面を上回る」とした。
「衆院の解散が表明される前は、本当に実施されるか不透明なところがあった」が、首相が増収分の使途変更を明言したことは、増税を確約した点で財政にとって「ポジティブ」ととらえたのだという。また、8%から10%への消費増税による増収約5兆円のうち借金の元本返済に回す分を4兆円から減らして教育無償化などの財源に回す使途変更によって、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標は先送りが決定的になったわけだが、この点についてグズマン氏は、「そもそも2020年度までに達成できるとは考えていなかったため、(財政面での)懸念が強まったわけではない」と指摘。その上で、「中長期的に財政健全化にコミットしていれば、具体的にいつ目標が達成できるかは、それほど重要ではない」とした。
「健全化」を呪文のように唱えれば、格下げは回避できるのか
このコメントには筆者もさすがに驚かされた。「中長期的財政健全化にコミットしている」と表面的に言い続ける一方、実際には計画通りの健全化がさっぱり進まないような場合でも、格付会社は性善説的に受け止めて格付けの引き下げに動かない、わかりやすく言い換えると、「健全化を呪文のように唱えていれば格下げは回避できる」と受け取ることのできる発言だからである。
格付けというのはそもそも、信用状態に関する投資判断のための評価指標であり、債券の場合は元利金が支払われる確実性の評価である。したがって、財政規律に関する(少なくとも現時点で)一般的な見方との間でずれのようなものが生じることがあっても、おかしくはない。
しかしながら、日本の場合、日銀による大規模な長期国債買い入れを主因に、債券市場が財政規律の緩みに対して警告シグナルを発信する機能がほぼ失われてしまっているので、財政規律を重視する立場からは、債券市場からは出なくなった警告を格付会社が代わりにしっかり発信することへの期待感が広がりやすい。
「人づくり革命の財源にあてれば、中期的に経済成長に寄与」
けれども、そうした期待感は、上記のロイター記事に加えて、それよりも前に日本経済新聞が9月28日朝刊に掲載した記事「財政黒字化目標先送り 国債格付けに影響せず」によって、完膚なきまでに打ち砕かれた。
日経新聞の記事には、ムーディーズのグズマン氏に加え、もう1つの米有力格付会社S&Pグローバル・レーティングのキムエン・タン氏が登場した。同氏は日経新聞の取材に対し、「安倍首相の表明は、当社の日本の格付けに影響しない」と明言した上で、「増税分の使途を変えて人づくり革命の財源にあてれば、中期的には日本経済の成長に寄与する」という肯定的な見解を表明した。
ここで、消費税率のこれまでの推移と今後の予定を整理しておきたい。1989年4月の導入時を含める場合、税率の変更4回の平均変化幅は+2.5%ポイント。消費税が政治の世界で国政選挙に負けやすい「鬼門」とされてきたことや、景気が大幅悪化した時期をはさんだこともあるが、税率引き上げのインターバルは単純平均で10.2年というきわめて長い期間である<■図1>。
■図1:消費税率の推移
|
1989年4月 |
1997年4月 |
2014年4月 |
2019年10月(予定) |
平均 |
税率 |
3% |
5% |
8% |
10% |
── |
変化幅 |
+3% |
+2% |
+3% |
+2% |
+2.5% |
インターバル |
── |
8年 |
17年 |
5.5年 |
10.2年 |
2053年に消費税17.5%では、社会保障関係費をまかなえない
厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が今年4月10日に公表した最新の「将来推計人口」によると、日本の人口が節目である1億人を割り込むのは2053年である。従来の推計から5年後ずれしたが、人口減少の大きな流れに変わりはない。予定されている次回の消費税率引き上げは2019年10月なので、そこからは33年ほどある。
上記のインターバル(10.2年)を単純にあてはめると、消費税率の引き上げはあと3回で、その時の消費税率は10%+2.5%ポイント×3で17.5%となる。人口減・少子高齢化を背景とする社会保障関係費をまかなうため、消費税率は最低でも欧州の付加価値税(VAT)税並みの20~25%は必要だという見方が学者などの間では一般的だが、その水準には届かない計算である。
債券市場が警告を発することができず、米有力格付会社が警告しないとすれば、財政規律をチェックする最後の防衛線は、「社会の木鐸」とも言われるマスコミになるのだろうか。
朝日新聞は10月4日の朝刊1面に、「財政軽視 『未来』の切り売り」と題した論説を掲載。安倍首相が消費増税の使途変更などで求めるのは「痛みの受容」ではなく、「痛みを先送りして給付を手厚くするという易き(やすき)選択肢への賛意だ。これは結局、私たちの『未来』の切り売りではないか」と述べるなど、相当厳しい指摘を行った。
立ち位置をどうすべきか、マスコミも迷い始めているように見える
だが、世代・時代が変わっていき、情報入手ソースが多様化し、価値観が変わってくる中で、伝統的な価値観やそれを唱える伝統的なマスコミから距離を置く人が、若い世代を中心に徐々に増えてきている(当コラム10月3日配信「若い世代に『常識』が通じなくなった?」ご参照)。
筆者が年少の頃は、両親が毎日つけて見ているNHKの7時のニュースには相応の権威のようなものがあった。新聞の多くの論調はどれも似たようなもので、共通の価値観が幼いころから形成される素地があった。しかし近年は、テレビを見ない・持たない、新聞を読まない・とらない若者や家庭が着実に増えている。すると、価値観が共有される度合いは自ずと小さくなり、情報源が偏る場合には抱く主義主張が先鋭化することにもつながり得る。
そうした中、伝統的なマスコミの側も、「偏向報道」ではないかといった指摘が政治の世界やインターネット上でしばしば浮上するなど従来と違った環境の中で、自らの立ち位置をどうすればよいのか、迷い始めているように見える。
今年になってから首相官邸との対決姿勢が目立つ東京新聞は、昨年(2016年)3月29日の朝刊に、「メディア観望 両論併記は公平公正か」と題したコラムを掲載していた。そこから一部を引用したい。執筆した記者の迷いと、専門家の助言を得つつ出てきた最終的な結論が記されていた。
そして「財政健全化」を訴える者はいなくなった?
「アベノミクスの成果を強調したい政府は、正当性を主張するため、都合の良い数字で説明することを好む。では、メディアは、政府の主張をどう伝えるべきなのか」
「統計などの政府発表を正確に伝えることは、新聞の『記録性』を考えれば一つの役割ではある。しかし、それだけでは存在意義を問われかねない。偏りを指摘されることを恐れ多用される『両論併記』も問題が多い。肯定的と否定的な意見を両方掲載し判断は読者に委ねるという体裁は、記者にとって『逃げ』でもあるからだ。メディアに詳しい専門家は『両論併記では現状維持の力の方が強く働く。質的な公正さにも多角的な論点の提示にもならない』と指摘する」
「昨今、安倍政権は『政治的公平性』について踏み込み、メディアの報道に介入しようとする場面が多い。公平性とは何なのか。キャスターの岸井成格氏は『政治的公平性は権力が判断することではない。政府が言うことだけを流していれば、公平性を欠く』と説く。先の専門家も『社会に問題提起をしていくのがジャーナリズムの本来の役割』とメディアに奮起を促す。政府の言う『公平性、公正性』にとらわれず、逃げず、問題意識を提示していきたい」
また、日本には米国の共和党のような「小さな政府」志向の強い政党が見当たらない。また、今回の衆院選の各党の公約を見ると、財源が不明確なまま(要するにしっかりした中長期の財政健全化意識が伴わないまま)、「大きな政府」に傾斜しているものが目立つ。事実上「北朝鮮解散」とも言える今回の衆院選では、消費増税や財政全般も一応は争点になってはいるが、国民に「我慢」を強いる財政規律強化を前面に出している政党は見当たらない。
「財政健全化の必要性」というコンセプト自体の存続が、この国では徐々に危うくなってきているのではないか。筆者は最近、そうした憂慮の念を強くしている。
この記事はシリーズ「上野泰也のエコノミック・ソナー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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