日銀の黒田東彦総裁。以前は「財政規律」に注文をつけることもあったが、最近は…。(写真:ロイター/アフロ)
日銀の大規模金融緩和の副作用
「長期戦・持久戦対応」に切り替えて、大規模で実験的な金融緩和を日銀が粘り強く続ける中、すでに最もはっきりと出てきている副作用・弊害は財政規律の緩みだと、筆者はみている。いわゆる「悪い金利上昇」により財政運営に警告シグナルを発する債券市場の機能が消滅しており、「お目付け役」がいない状態になってしまっている。
政府は8%から10%への消費税率引き上げに伴う増収分の使途を拡大し、借金減らしに回す金額を下方修正する方針。あわせて、2020年度の基礎的財政収支黒字化という財政健全化目標の先送りを行うことを、安倍首相が9月25日にコンファームした。だが、その直前に大阪で行われた記者会見で黒田日銀総裁が何度も口にしたのは、「デモクラシー」という単語だった。
10%への消費税率引き上げの延期・再延期が決まった後には、黒田総裁はもう少し、政府による財政運営(財政規律)に注文をつけていた感が強い。日銀ホームページ掲載の記者会見録から該当部分を引用し、今回の大阪での発言と比べてみたい。
「財政規律を守るという政府のしっかりした対応が重要」
■2014年11月19日 黒田日銀総裁記者会見
[8%から10%への消費税率引き上げ時期を2015年10月から2017年4月へと1年半延期することを、安倍首相が11月18日に正式表明した翌日]
「何よりも重要な点は、財政規律を守るという政府のしっかりした対応であると思います。政府も、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための努力、そのための取り組みを着実に推進していくとした上で、『中期財政計画』を策定し、そこに健全化に向けた数値目標も掲げられ、その達成に向けた取り組みを明確に示していますので、日本銀行としては、こうした計画に沿って持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に進めていくことが極めて重要ではないかと思っています」
「また財政規律の問題は、もちろん政府・国会の問題であり、財政の規律が失われ財政の問題が生じてくると、財政の最も重要な機能である公共サービスの提供が難しくなってくる、あるいは所得再分配という重要な機能も障害を持ってくる、さらに言えば、景気調整機能にも影響があり得るわけで、財政についてはそうした様々な問題が生じ得ますので、財政規律は極めて重要であり、しっかりと確立し、守っていかれることを強く期待しています」
「なお、財政規律の問題については、政府・国会の責任であり、中央銀行が責任を取るといった問題ではありません。あくまでも中央銀行としては、2%の『物価安定の目標』をできるだけ早期に実現することが課せられた課題であり、それに向けて着実に前進するということが何よりも重要であると思っています」
「政府による財政再建に向けた着実な取組みを期待」
■2016年6月16日 黒田日銀総裁記者会見
[8%から10%への消費税率引き上げ時期を2017年4月から2019年10月へと、再度、今度は2年半延期することを、安倍首相が6月1日に正式表明した約2週間後]
「これは消費税の扱い全体がそうなのですが、具体的な財政運営は、政府・国会において議論され決定されるものですので、私から具体的な意見を申し上げることは差し控えたいと思います。その上で、一般論として、国全体として財政に対する信認をしっかり確保するということは重要だと、私は思っています。この点、総理は、先日の記者会見において、世界経済が直面するリスクに備える観点から、消費税率引き上げの延期を表明されたわけですが、同時に2020年度のプライマリーバランスの黒字化を目指すという財政健全化目標は堅持すると明言されています。日本銀行としては、こうした政府による財政再建に向けた取組みが着実に実行されることを期待しています」
「なお、財政規律云々の話は、先程申し上げた財政運営そのものの話でありまして、これはあくまでも日本の場合は政府と国会において議論され、決定されるものであり、そこでしっかりした財政規律を引き続き確立していかれるものと考えています」
「私から何か具体的なことを申し上げるのは差し控えたい」
■2017年9月25日 黒田日銀総裁記者会見(大阪)
[10%への消費増税に伴う増収分の使途拡大・財政健全化目標先送りを、安倍首相が記者会見で正式にアナウンスする直前]
「大前提として、財政政策、ご指摘のような歳出・歳入を含めた財政の姿というのは、デモクラシーのもとでは政府、国会が責任をもって決めるものです。そうした政策については、デモクラティックなコントロールが効いており、中央銀行の行動が、財政に関する政府、国会の決定や財政運営に影響を及ぼす、あるいは及ぼし得るため、それを勘案して金融政策を決めるといったことは全く考えられないと思います。デモクラシーのもとでは、あくまで政府、国会が財政運営を決めていくということだと思っています」
「消費税の使途や、財政、税制の問題については、先程来申し上げている通り、デモクラシーのもとで、政府と国会が責任を持って決めることですので、私から何か具体的なことを申し上げるのは差し控えたいと思います」
こうして時系列で追ってみると、黒田総裁の今回の発言内容は腰がかなり引けているように感じる。2014年と2016年にあった財政健全化目標への言及が、今回は見当たらなかったことに留意されたい。
首相官邸との間で余計な波風は極力立てたくない
選挙の洗礼を経ていない中央銀行のトップが財政の問題に口を出すのははばかられるという考えがベースにあるのだろうが、それだけではあるまい。大阪で「デモクラシー」という単語を複数回口にしつつ、黒田総裁が踏み込んだ発言を避けた背景には、2018年3~4月に日銀総裁・副総裁人事を控える中、首相官邸との間で余計な波風は極力立てたくないという思いがあったのではないか。
また、政治的現実として、政府(というより安倍首相)の方が日銀よりも明確に上位にあり、「中央銀行の独立性」というのは政府とインフレ目標を共有した上で日銀が有する「金融政策の手段の独立性」だという考え方が事実上採られている。
そうした中では、仮に黒田総裁が政府の財政運営に大胆に注文を付けてそれがマスコミ報道で大きく取り上げられる場合も、結局は上位者たる首相およびその周辺の反感を買うだけに終わってしまうのではないか。
戦後日本の大きなターニングポイントに
経済政策に関する日本の景色は、一昔前と比べ、あまりにも大きく変わってしまっている。
安倍首相は9月25日の記者会見における事前表明を経て28日召集の臨時国会の冒頭で7条解散に踏み切った。10月22日投開票となる今回の衆議院議員選挙は、数えて48回目になる。大日本帝国憲法の下で行われたのが、1890年(明治23年)の第1回から1947年(昭和22年)の第23回まで。日本国憲法の下で行われたのが、第24回から第47回まで。2014年の「アベノミクス解散」で、新憲法下の衆院選は24回となり、旧憲法下の23回を上回った。
第48回となる今回の衆院選は、憲法改正、外交・安全保障、財政政策のいずれにおいても、戦後日本の大きなターニングポイントになるのではないか。筆者はそうした思いを日々強くしている。
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