「現場優先で女性減点」は、正しいことなのか
先進国最低「女性医師比率」21%のニッポンに足りないもの
女子と3浪以上の男子受験者の合格者数を抑制していた東京医科大学。しかし……(写真=AP/アフロ)
東京医科大学を舞台とする「裏口入学」・文部科学省幹部の汚職(受託収賄)事件は、8月に入り、女性合格者を減らすため得点を一律減点していたという驚くべき事実の、読売新聞によるスクープ報道につながった。しかも、他の大学の医学部においても、男女で合格率の差が大きいケースが目立つ。
女性が苦手とすることが多い数学の配点を高くしたり、面接を重視したりすることで男女比を調整する(女性合格者を減らす)というテクニックが用いられることもあるという。9月4日に公表された文部科学省による緊急調査結果(速報)によると、18年春の入試では全国国公立大学の約7割にあたる57校で、男子の合格率が女子を上回った。過去6年間では8割弱(63校)である。
医学部合格を目指して必死に勉強してきた女性受験者には、憤懣やるかたない話だろう。ところが、上記のスキャンダルに関して、世の中の盛り上がり方は今一つである。その最大の理由は、実際に医療業務に従事している女性医師の側から「女性合格者を大学が減らそうとするのは現場の状況からすればやむを得ない話だ」というような、あきらめに近い感想が少なからず聞こえてくる(しかもそれが報道されている)からだろう。実際、筆者が知人(医学部4年女子)にたずねてみたところ、そうした反応だったため、拍子抜けしてしまった。
物分りのよい女性医師たち
女性の医師を応援するWEBサイトが8月上旬に行ったアンケート(回答した医師103人のほとんどが女性)では、東京医科大の不正入試についての回答「理解できる」「ある程度理解できる」の合計が65%に達し、「理解できない」「あまり理解できない」の35%を大きく上回った(AERA 8月27日号)。
私大医学部の入試には同時に、その大学の大学病院の採用試験という意味合いもあるとされている。医師国家試験に無事合格できれば、医学部卒業生の多くはその大学の医局に入り、大学病院や系列・提携先の病院などに勤務先が決められる。勤務実態が特にきついとされているのが外科である。外科の男女比を見ると、女性の比率が目立って低い。
05年頃に東京医科大の系列病院に1年半ほど勤務した女性外科医は、午前7:30~午後10:00の勤務が週6日、入院患者を受け持つ期間は休日も出勤していたという。非常にきつい職場であり、結婚・出産を機に仕事と育児の両立をあきらめて、医師を辞める女性が少なくない。
同大学幹部によれば、「学内には、以前から女性が増えると外科が潰れるとの声があった」。「どの大学も同じはずだ」「感情論では国民の役に立てない」「女子の合格者が増えれば、医局で戦力になる人員が減り、必ず現場にしわ寄せが来る」といった幹部のコメントも、合わせて報じられている(8月30日 読売)。
「現場にしわ寄せ」という言葉を聞くと、日本の中堅以上の現役サラリーマンなら誰しも、どことなく尻込みしてしまう面があるのではないか。筆者も例外ではない。有給休暇を完全取得したいと思っていても、同僚・部下にしわ寄せがいって迷惑をかけてしまうから、使い残しが毎年生じるという、よくあるパターンにも通じるものがある。
さらに言えば、医療というのは人間一人ひとりの健康状態さらには生命そのものにも直接関わってくる非常に特殊な業務分野であるだけに、他の職場と異なる面があってもある程度まではやむを得ないのではないかという心理が、その良し悪しは別にして、どうしても働きやすい。
医療施設に従事する医師の女性比率は韓国を下回る
したがって、女性当事者の側から「これはどう考えてもおかしい」「状況を変えなければ」といった意志が明確に表明されなければ、改革の機運は盛り上がりにくい。
しかし、気付いている人があまりいないのかもしれないが、不思議なことも1つある。
厚生労働省が17年12月14日に公表した「平成28年(2016年)医師・歯科医師・薬剤師調査」によると、16年12月31日現在で医療施設に従事している医師の総数は30万4759人で、うち女性は6万4305人(21.1%)<図1>。この女性比率は経済協力開発機構(OECD)諸国の中で韓国を下回る、最も低い水準である。
■図1:医療施設等に従事している医師・歯科医師・薬剤師の男女比率
注: 医師と歯科医師は医療施設の従事者、薬剤師は薬局と医療施設の従事者(出所)厚生労働省
一方、外科や内科のような救急医療や入院患者のケアが基本的にないと考えられる歯科医師のうち医療施設に従事している人の総数は10万1551人で、うち女性は2万3391人(23.0%)。比率は医師とほとんど変わらないのである。本当に「現場の事情」だけが理由で医師に占める女性の割合が抑制されているのだろうか。歯科医師には歯科医師に特有の事情があるのかもしれないが、いささかの疑念が生じてしまう。
なお、勤務時間が基本的に守られ、資格さえ有していればパートタイマーでの勤務もやりやすいと考えられる薬剤師の場合、薬局・医療施設に従事している総数は23万186人で、うち女性は15万1754人(65.9%)である。私事だが、筆者の母親は薬剤師の資格を持っているので、まだ元気だった頃は時間を決めて、病院の薬局で働いていた。
結局、医療現場における女性比率の低さについて、どう考えるべきなのだろうか。すでに述べた「現場重視論」と、その対極に位置している「理想論」の2つがあるように思われる。
「理想論」の代表と言える論説が、評論家・哲学者である東浩紀氏がAERA 8月27日号のeyes欄に寄稿した「医大入試の女性差別 現場の論理は万能なのか」である。以下がその主張の根幹部分。性別・世代を問わず、傾聴に値する内容である。
「差別はなくなると信じたいが、楽観的になれないのは、今回マスコミでもネットでも大学擁護論がかなりの数、現れたからである。(中略)擁護者には女性も含まれている。おそらくは、これはこれでリアルな『現場感覚』なのだろう。その感覚があるかぎり、見えない差別は続くことになる」
「ここには日本社会の抱える困難が典型的に現れている。男女平等はいいけどさ、実際はそれじゃ回らないんだよという『現場の論理』は、この国ではきわめて強力だ」
「現場を理念に優先させる。それではあらゆる改革は挫折するほかない。けれどもほんとうは、理念は現場を変えるためにこそある。必要なのは現場万能主義からの卒業だ。これは男女平等の話に限らない」
とにかく前に進むしかない
結婚や出産から30代が岐路になって女性医師が離職することが多い医療現場。そうした風潮を変えようとする試みもある。
日本経済新聞が9月3日朝刊に掲載した「女医、私は辞めない 補い合って両立」は、「現場重視論」のカベを打ち破って「理想論」に近づこうとする試みが東京女子医科大学病院で行われていることを大きく取り上げた。短時間勤務制度のほか、院内には保育所もある。救急救命センターは20人の常勤医師のうち8人が女性で、短時間勤務の制度を使ってお互いをカバーできるようにしているのだという。
人々の意識の面を含め、改革を進めていくには相当の時間が必要になりそうな状況だが、「やればできるはずだ」と信じながら地道に前に進もうとするのが、今回取り上げた問題への正しい対処法・解決策ではないか。
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