
この分離壁については、実は、村上春樹氏の最新作「騎士団長殺し」の中に言及がある。重要な登場人物である免色渉(たまたま筆者と同じ54歳という設定)のセリフに「私は同じような種類の壁をしばらく前にパレスチナで目にしました。イスラエルがこしらえた八メートル以上あるコンクリートの壁です。てっぺんには高圧電流を通した鉄線がめぐらせてあります。それが五百キロ近く続いています。イスラエルの人々は三メートルではとても高さが足りないと考えたのでしょうが、だいたい三メートルあれば壁としての用は足ります」がある。実際に行ってみると、その通りの作りだった<写真3>。
素顔や正体を明かしていない謎の画家バンクシーの作品では、ハトが防弾チョッキを着ているものが一番有名だが<写真4>、その他に、今年新たに書かれたトランプ大統領のものがあった<写真5>。


分断策は、経済にマイナスであるほか、人々の心にも壁をつくる
セリフは「お前の兄弟を作ってあげるつもりだ…」となっている。言うまでもなく、米国のメキシコ国境に壁を作ろうとしていることを皮肉ったものだ。こうした反グローバル化的な分断策は、それぞれの国の経済にとってネガティブなだけでなく、人々の心にも壁をつくってしまうという意味で、実に望ましくない。ちなみに、バンクシーはこの街にホテルを作った<写真6>。世界で最も眺めが悪いホテルという触れ込みである。そして「The Walled Off Hotel(ザ・ウォールド・オフ・ホテル)」というネーミングは、壁で隔離されたホテルという意味に、ニューヨークの有名なホテルであるウォルドーフ・アストリアのもじりを加味している。このひねりはさすがである。

ベツレヘムからの帰りのアラブバスは、行きと同じ21番が来ず、なぜか231番ばかりが来るので、それに乗った。帰りは完全武装の兵士2名によるボーダーでの身分証チェックがある。テロリストのイスラエルへの入国を警戒しているのだろう。パレスチナ人は、バスから降りてのチェック、外国人は車内にとどまってのチェックである。筆者はそれがわからず外に出ていったん並んだが、気が付いて車内に戻り、チェックを無事クリアした。
自治区に入る直前の道路際の看板にも書かれていたが、普通のイスラエル人はパレスチナ自治区には入れない。ベツレヘムの観光もできないということである(ちなみにベツレヘムは行政権・警察権ともにパレスチナ側が管理するエリアAに属している)。
物理的に分断がしっかりされていると、心の面でも壁が分厚く形成されてしまうのではないだろうか。そのことをこの日の午後、エルサレムの旧市街に戻ってから、筆者は予想外の形で痛感することになった。
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