■赤の「離脱派(VOTE LEAVE)」と、青の「残留派(VOTE REMAIN)」
5月末、街頭で演説する、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長。離脱派の「顔」だったジョンソン氏を、赤がイメージカラーの「離脱派(VOTE LEAVE)」の市民と、青がイメージカラーの「残留派(VOTE REMAIN)」の市民が取り囲んでいる。(写真:Press Association/アフロ)
英国EU離脱で、為替相場も株式市場も大荒れ
英国で6月23日に行われた、EU(欧州連合)に残留するか離脱するかをたずねた国民投票は、筆者を含む市場参加者の大方の予想に反し、離脱派の勝利に終わった。翌24日に開票が進む過程で離脱派の勝利が見えたため、市場は「リスクオフ」に急傾斜し、英ポンドが急落。ドル/円相場は一時99円台になり、日経平均株価は1万5000円を割り込んだ。
英政府によるEUへの脱退通告から最低2年間は交渉期間が設けられるため、欧州の経済秩序がどのような形に変わるのかはまだわからない。英国民が翻意して離脱しない可能性もある。だが、このまま離脱すれば学校の教科書におそらく載せられるに違いない大きなイベントである英国のEU離脱は歴史の文脈で、および短期的にどのような意味あいを有するかをここで考えておくことに損はあるまい。筆者は以下の4点に整理している。
「結婚生活」は続けた方が楽だが、感情的な部分が…
(1)「欧州統合」の流れが岐路にさしかかった
1967年発足の欧州共同体(EC)に英国が加盟したのは1973年。1993年には欧州連合(EU)に衣替えした。1999年の欧州通貨統合に英国は不参加。40年以上にわたるこの「やや特殊な結婚生活」に終止符を打つことを英国が選択し、EUから離脱する国が初めて出ることは、欧州の融和・統合の流れが非常に大きな岐路にさしかかったことを意味している。
トゥスクEU大統領は6月24日、EU首脳会議の案内状に「離婚の手続きについて協議する」と記した。ユンケル欧州委員長は同日、「EUと英国は円満な離婚ではないが、親密な恋愛関係でもなかった」と述べた。
経済的損得やいろいろな面倒を考えると結婚生活を続けた方がおそらく楽だが、感情的な部分(移民への反感、ブリュッセルのEU官僚による煩雑な規制やドイツへの不満)が、離婚を決断させた。今回の一件は、迷った末の「熟年離婚」に似ている面が、かなり多い。
加盟各国で勢力を増している反EU政党を勢いづかせないため、EUは英国に対し非常に厳しい交渉態度をとるという見方もある。だが、筆者はそうは考えていない。早期の交渉入りをEU側が求めていることがその1つの証しである。英国との「完全な離婚」はEUにとっても経済的なダメージが大きい。
「EUには英国とともに沈むのを避けたいとの防衛本能が働く」(日本経済新聞 朝刊 6月26日付)。ノルウェー方式とカナダ方式には一長一短があるため、英国と結ぶことをEUが検討している包括的な経済・貿易協定は独自の新しい枠組みになる見通しだと同記事は報じている。
筆者は、ギリシャ債務危機やデンマーク国民投票などと同様に、欧州人の知恵と経験によって難局は乗り越えられ、欧州の統合は修正を加えられながらも続いていくとみている。
「反エリート思想」の流れ
(2)「グローバル化」の流れが正念場を迎えた
英国の国民投票の結果を、米国における「トランプ現象」など一連の「反グローバル化」「反エリート思想」の流れと結びつけて考えることも重要である。冷戦構造が崩壊した後の世界経済は「グローバル化」による賃金抑制・フロンティア開拓を足場に拡大してきた。だが、「リーマンショック」を経て、そうした流れによってこれまで享受してきた果実の認識よりも、賃金伸び悩みや移民流入への不満の方が大きくなりやすい状態になっている。
では、反「グローバル化」によって、その国の経済に明るい展望は本当に開けるのだろうか。やはり「グローバル化」の流れは必然であり、今後も続くだろうと、筆者はみている。
「グレートブリテン」に遠心力、分裂の可能性も
(3)英国で「連合王国分裂」の火種が大きくなった
今回の国民投票の結果をうけて、親EU志向が強いスコットランドで独立を問う国民投票をもう一度行う動きなどが表面化している。ロンドン、北アイルランドでも動きがある。英領ジブラルタルにとってEU(スペイン)との関係悪化は文字通り死活問題である。グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国には遠心力がかかっており、市場の材料に今後なり得る。
米国では、年後半の利下げ観測の浮上・強まり
(4)米国の利上げ観測が雲散霧消し、市場は利下げを織り込み始めた
「雇用統計ショック」に今回の英国民投票の結果が加わり、米国の追加利上げ観測は雲散霧消した感が強い。6月24日のFF(フェデラルファンド)金利先物は年内の利下げを部分的に織り込む数字になった。米景気減速見通しを元に筆者が予想してきた「年後半の利下げ観測の浮上・強まり」は、英国の予想外の動きにより、タイミングがやや早まった。
対欧州通貨などでの今般のドル高も寄与して米国の景気減速が遅かれ早かれ一層明確化する見込みであること、イエレンFRB(連邦準備制度理事会)議長が利上げ路線を事実上凍結する可能性が高くなったことから考えて、米長期金利のさらなる低下、円高ドル安の一段の進行は避けられそうにない。日本の機関投資家が直面している「究極の運用難」は、ますます厳しいものになりつつある。
「色」が人間心理に与える影響
さて、ここからはまったく別の角度からも英国の国民投票結果について考えてみたい。「赤」という色と、それが医学的に持つ意味あいという、少し毛色の変わった視点からである。
EU残留か離脱かが争点になった6月23日の英国民投票では、シンボルカラーが赤の離脱派(“VOTE LEAVE”)が、シンボルカラーが青の残留派(“VOTE REMAIN”)に勝った。
赤といえば、日本では、NHK大河ドラマ「真田丸」の主人公である真田信繁の「赤備え」が思い浮かぶ。「赤備え」とは、鎧兜などの具足、旗指物、槍、太刀などあらゆる武具を目立つ朱塗り(赤色)で統一した、戦国時代の勇猛な部隊のこと。この「赤備え」を含む日本史のさまざまなエピソードを医学の立場から読み解こうとしたのが、早川智・日大医学部教授の優れた著書「戦国武将を診る 源平から幕末まで、歴史を彩った主役たちの病」(朝日新聞出版、1400円+税)である。赤備えについて書かれた章から興味深い部分を、やや長くなってしまうが、引用したい(以下の引用文中の太字は筆者)。
「2004年アテネオリンピックの格闘技、レスリング、ボクシング、テコンドーについてウェアの色を観察したところ、統計的に有意に(偶然そうなった可能性は非常に低い確率で)赤のウェアが勝利したという。さらに、欧州サッカー選手権でも同じように赤の勝率が青や白を上回った」
「面白いことに、鳥類や爬虫類では、発情期の雄の婚姻色は赤で、より派手な色のほうが、地味な雄よりも多く子孫を残すという選択が働いている。ではどうして赤が強いかというと、闘争に深くかかわる男性ホルモン、テストステロン(アンドロゲン)のレベルを上げる作用があるからである」
「赤」のジャケットは、テストステロン値を上げる
「人間でも、勝負ごとであるスポーツとテストステロン値の関係を見ると、テニスなど対面するスポーツや、バスケットボールなどの団体戦のいずれでも、勝者は敗者よりもテストステロン値が高く、またテストステロン値が高い選手は負けても立ち直りが早いこと、ホームで試合をすると、アウェイに遠征するよりもテストステロンが高くなるという報告がある」
「さらに、『赤い』ジャケットの着用は、血中のテストステロン値を上げ、戦意を高める作用があるという」
「つまり赤い衣装は、敵ではなくて自分自身を鼓吹するためだったのである」
「交通違反の取り締まりでは、赤い車がスピード違反を起こす率が最も高いという。これは、自ら赤い衣装(車)を選ぶという心理傾向を有する人のテストステロン値が高く、スピード運転を好むのかもしれぬ。ただ、長篠で織田・徳川連合軍の弾幕の中に散った山県昌景、家康の本陣を前に刀折れ矢尽きた真田信繁、そして第一次世界大戦で赤い三葉機フォッカーDr.1を縦横に操って英軍機を翻弄しながらも最後は撃墜されたリヒトホーヘン男爵と、赤を身にまとった英雄は、栄光に満ちてはいるが悲哀も付きまとう。勇気は高揚しても、理性的な判断力を曇らせるのが男性ホルモン(あるいは男性性自体)の悲しさなのだろうか」
「エリオットのグループは、英国とドイツの大学生や教員ボランティアを対象として、赤、緑、グレーの環境で2時間にわたり知能テストを行ってみた。その結果、赤い部屋のみ、ほかのグループに比較してテストの結果が有意に低下した。やはり、赤は理性を狂わせるのかもしれぬ。逆に、青や緑の敷布は理性を高めるという説がある。実際、手術の掛け布は緑か青であるし、駅の電灯を青にしたら大幅に自殺者が減ったという報告もある」
今度は米国で「赤」と「青」の決戦が行われる
英国の国民投票で離脱派の勝利が明らかになった6月24日、米国で共和党大統領候補への指名を確実にしている実業家ドナルド・トランプ氏は、自らがスコットランドに所有するゴルフ場の開所式に出席するため英国を訪れていた。彼はツイッターに、「スコットランドに着いた。国民投票で盛り上がっている。彼ら(英国民)は自国を取り戻した。われわれもこれから米国を取り戻す」と書き込んだ。
米国の共和党のシンボルカラーはよく知られている通り、“VOTE LEAVE”と同じ赤。一方、民主党は青である。
11月には今度は米国で「赤」と「青」の決戦が行われる。英国の国民投票では残念ながら結果を読み違えてしまったが、筆者は引き続き、米大統領選では「青」、すなわち民主党のクリントン前国務長官が勝利すると予想している。
なお、上記の話を会社でしていたところ、「広島カープが最近めっぽう強いのは球団の色が赤だからなのか」「しかし、Jリーグの浦和レッズは第1ステージ優勝争いから脱落した」といった声が出た。これらについては、筆者がエコノミストとしてコメントするのは差し控えておくので、論議の続きはファンの方々で行っていただければと思う。
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