「ヘリコプターマネー」の発想の根底には「逃げ」

 そうした中で、金融政策と財政政策をミックスした新たな景気刺激策として政策議論の俎上に乗ってきたのが、「ヘリコプターマネー」である。

 先進国の経済が「低成長・低インフレ・低金利」時代に足を踏み入れたことが徐々に明らかになりつつあり、経済政策の論議において過激な提案がなされることが近年目立つようになっているわけだが、「ヘリコプターマネー」はその典型例。中央銀行が何らの形で財政ファイナンス(国債の引き受けやこれに近い行為)を恒久的に行って資金を世の中に供給し、景気・物価を刺激しようとするアイデアである。

 このアイデアについて筆者は、①つらく厳しい財政健全化のプロセスをなんとか回避できないかという「逃げ」の発想が根底にあるとみなしている。日本の場合、日銀が実態としてマネタイゼーションをすでに行っている現状を追認することにより、正面から取り組む場合は非常に困難な異次元緩和からの「出口」の議論に、一見するとたやすいが実はきわめて危険な「近道」を提供するという文脈で考えることができる。

 一種の「性善説」に立ち、「ヘリコプターマネー」乱用は財政規律の観点から避けられるはずだという前提を置くことは、実に危うい。その通貨に対する信認が決定的に失われてしまい「キャピタルフライト」(資本逃避)が発生するという、最悪の事態を想定することが十分可能である。

 また、②金融緩和と財政拡張の限界が多くの先進国で意識される中、従来の常識を乗り越えることによって「低成長・低インフレ」の問題を一挙に解決しようとする「実験的な飛躍」とでも呼ぶべきコンセプトから出てきたアイデアだと整理することもできる。

日銀の当座預金残高は、2001年3月の58倍以上に

 こうした政策論議の過激化を眺めていて、筆者が痛感せざるを得ないのは、リスク感覚がいかに麻痺してしまったかということである。

 日銀の当座預金残高は6月15日、290兆円を超えた<図1>。むろん過去最高である。2001年3月に量的緩和が導入された際の当座預金残高は、5兆円程度にすぎなかった。58倍以上になり、今後も増え続けていくということを、当時誰が想像し得ただろうか。

■図1:日銀当座預金残高
(出所)日銀

 ある機関投資家の方が先日、ディスカッションの中で、「これまでになく厳しい運用難に直面する中でやむなく新たなリスクをとっていくと、『ここまでとったのだからもう少しだけいいか』という発想に陥りやすく、危うさを感じる」とおっしゃっていた。

 資金運用の場合は、自己責任原則があり、かつリスク管理もしっかり行っている個別社の問題である。だが、国の経済政策、具体的には日銀の金融政策で、「リスクを積極的にとっていき、ふと後ろを振り向いたら、最初の頃はまったく考えていなかったほど遠くまで来てしまっていた」となると、これは国民全体の将来に影響してくる、実に深刻な問題である。

 「アベノミクス」は、もっぱら「マネーの力」に期待することで、デフレ脱却・物価目標2%達成を目論んできたと言える。だが、日銀の実験的で大胆な金融緩和は、2013年4月の開始から3年以上の月日が経過しても、目に見える成果を挙げることができていない。

 日銀が量的・質的金融緩和に突然付加したマイナス金利政策に対しては、民間金融機関などから、強い反発の声が出ている。「銀行の銀行」であるはずの日銀が、お膝元の民間金融機関の収益に、過度の圧迫を加えている。経済の「血液」であるマネーの循環を司るセクターの機能低下につながるアクションは、日本経済全体にとって明らかにネガティブであり、マイナス金利は早急に解除すべきだと、筆者は主張し続けている。

経済低迷を打破するには、滞在人口の増加が必要

 政策の面では、筆者は以前から人口対策重視論者である。経済の長期停滞を打破するには、日本の国土に居住・滞在している人の数を増やす策(滞在人口増加策)の強力な展開が不可欠である。そうした筆者の主張のうち、観光政策の強化(インバウンド消費の拡大)は、安倍内閣の下で大きな成果を挙げている。

 だが、観光客は一時滞在であり、野球に例えれば「リリーフピッチャー」にすぎない。それがうまくいっている間にすべきことはたくさんあるのだが、円高や中国の関税引き上げなどにより、インバウンド消費には息切れ感が最近漂い始めた。貴重な時間をまた空費してしまったのではないか。そう思わざるを得ない。