ポスト・ドラギの呼び声名高い、「タカ派」ドイツ連銀のバイトマン総裁(左)(写真:ロイター/アフロ)
証券化商品のバブル崩壊やギリシャなど周縁国の債務危機によって、ユーロ圏の経済・金融市場・金融システムが大きく揺さぶられる中で、ECB(欧州中央銀行)は量的緩和やマイナス金利といった非伝統的な金融政策を導入し、現在に至っている。
下限政策金利である中銀預金金利(預金ファシリティー金利)は▲0.4%。短期市場金利もマイナスになっている。このため、ユーロ圏の債券で日本の機関投資家が運用する場合の資金調達コスト(あるいは為替リスクをヘッジする際のコスト)はマイナスになっている(資金を借りると利息をもらえる状態ということ)。
「マイナス金利活用」が多い日本
ユーロ圏の代表的な債券であるドイツの10年物国債の利回りは1%を大きく下回るが、資金調達(ヘッジ)コスト部分でも利益が出るので、長短の金利差を得ることを狙った資金運用を行う場合、短期金利が利上げ継続で上昇してきている米国よりも、はるかに有利である。このため、ドイツ、フランスなどの国債を購入して運用している銀行や保険会社などが、日本ではかなり多い。
だが、ECBは金融政策の正常化に向けて、少しずつではあるが動いている。15年1月に導入された量的緩和(市場からの国債など金融資産の買い入れ)は、段階的に減額されてきており、今年の年末に停止されることが、6月14日の理事会で決定された。そこから一定のインターバル(おそらく半年程度)を置いた上で、ECBは政策金利引き上げに着手するとみられている。市場は19年半ば前後の利上げ開始を視野に入れて動いてきたが、6月の理事会でフォワードガイダンス(金融政策の先行きの運営方針)が示され、政策金利は「少なくとも19年夏まで現行水準で据え置く見通し」であるとされた。利上げは最速で19年9月だろう。
19年にはもう1つ、ECBの関連で非常に重要なイベントがある。総裁の交代である。10月31日に任期が満了するイタリア出身でハト派(金融緩和に前向きで金融引き締めに慎重な傾向の人物)のドラギ総裁の後任には、EU(欧州連合)の主要国による政治的駆け引きの経緯から考えて、タカ派(金融緩和に対する姿勢がハト派の逆)であるドイツ連銀のバイトマン総裁が就く可能性が高い。そのバイトマン総裁が先日、インタビューでタカ派の片鱗を見せた。
ドイツのメディアグループによるインタビュー内容をロイター通信が5月19日に転載したところによると、バイトマン総裁が、量的緩和は年内に終了するのが妥当であり、金融政策の正常化を不必要に先送りするべきではないとの見解を示しつつ、「ECBの最新の予測ではユーロ圏のインフレ率は20年に1.7%になる見込みだ」「私の見解では、この水準はわれわれの物価安定の定義と一致する」と述べた。
ECBによる物価安定の定義は、「2%未満だが2%に近い(below, but close to, 2%)」である。中期的に物価がこの水準に維持されるようにECBは努めている。上記の定義にあてはまる具体的な数字をECBは明示していないのだが、「1.7~1.9%」を示しているという見方が、マーケットでは以前から一般的である。
したがって、3月時点のECBの経済予測で、20年のHICP(統合ベース消費者物価指数)の見通しが前年比+1.7%に据え置かれたことに関し、バイトマン総裁が、私見と断りつつも「物価安定の定義と一致する」と述べたこと自体に、さほど大きな違和感はない。
もっとも、ハト派のドラギECB総裁が以前にこの1.7%という数字に関して述べたことと比べると、やはりバイトマン独連銀総裁はタカ派だという印象が強くなる。
ドラギ総裁は16年12月のECB理事会終了後の記者会見で、その当時の19年のHICP見通しだった前年比+1.7%は「2%未満だが2%に近い」に沿っているかと記者から質問された際に、「そうでもない(not really)」と返答。1.7%という物価上昇の見通しが成り立つだけでは不十分であり、粘り強く金融緩和を続ける必要があるというニュアンスを帯びた発言をした。
ただし1年後、17年12月の記者会見で同様の質問がぶつけられた際に、ドラギ総裁はダイレクトに答えるのを避けつつ、重要なのは持続的で持続可能なインフレ率に向けた中期的な収れんの足取りの強さだ、と説明していた。
仮に、バイトマン氏が下馬評通りECB総裁に就任する場合でも、ECB理事会内でタカ派が急に多数派を形成するわけではない。コンセンサスを得ようとする中で、あえてタカ派的な主張をトーンダウンせざるを得ない場面もあるだろう。また、物価の上昇に加速感が出ていない点など、経済の実態もむろん足かせになる。
近づくドラギ時代の終焉
それでも、19年に入ってからは、「ドラギ時代の終焉」が近づいているという意識を市場参加者が抱く場面は、増えやすくなると考えられる。ドイツやフランスなどユーロ圏の国債相場は、下落方向で揺さぶられやすくなるだろう。
また短期金融市場では、時間の経過とともに、19年9月ごろと現在みられている1回目の利上げをまたぐことになるターム物の金利が強含みとなり、資金調達(ヘッジ)コストが徐々に高くなると見込まれる。長短金利差を享受する狙いのユーロ圏の債券への投資には、今年の年末までは安心感がかなりあるものの、19年に入ってからは慎重なポジション運営に切り替える必要があろう。
では、ECBは19年以降、何回利上げできるのだろうか。将来の経済・金融情勢の展開次第で結論が変わってくる話であり、現時点で確定的なことは言えないが、総裁がタカ派のバイトマン独連銀総裁に交代したECBが頑張って利上げを続けても、マイナス金利から脱却する(現在▲0.4%の中銀預金金利がゼロ%になる)あたりまででおそらく精一杯ではないかと、筆者はみている。そう考える根拠は、以下の4つである。
- (1)サービス価格の上昇力が明らかに弱いこと
ユーロ圏のHICP総合は5月速報で前年同月比+1.9%に水準を切り上げ、表面的にはECBの物価安定の定義に合致した。だが、コア(除くエネルギー・食品・アルコール・タバコ)は同+1.1%止まりで、原油価格の上昇に依存した総合ベースの伸び率に持続性はない。
また、HICPのベースラインの動きを示すものとして筆者が毎月注視している「サービス」は、イースターの日付のずれというカレンダー要因による振れを伴いつつも、上昇力は弱いままである(今年1~5月の前年同月比は+1.24%、+1.28%。+1.49%、+1.03%、+1.61%で、平均すると+1.33%にすぎない)。
- (2)米FRB(連邦準備理事会)の利上げサイクルから大幅に遅れていること
米国の利上げ開始は15年12月であり、すでに利上げ局面入りしてから約2年半が経過している。これに対し、ECBは量的緩和をまだ停止しておらず、利上げは最速でも19年半ばとみられている。
米国で金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)の参加者の中には、政策金利であるFF(フェデラルファンド)レートの誘導水準が中立金利に到達して19年中に米国の利上げが停止する可能性に言及する人(ハーカー・フィラデルフィア連銀総裁)や、利上げは即時停止すべきだと主張する人(ブラード・セントルイス連銀総裁)もいる。利上げ観測が強まって為替市場でユーロの騰勢が強まると、それは利上げに等しい引き締め効果を景気・物価に及ぼす。
そして、近い将来に米国の利上げ局面が終了してしまうと(筆者はそのように予想している)、ECBの利上げがユーロを上昇させる、そしてそれがユーロ圏の物価を押し下げる可能性は、それだけ高くなる。ユーロの値動きを、ECBは今後も神経質に注視するだろう。
- (3)イタリア情勢という「火種」があること
ユーロ圏ひいては世界全体の金融市場を揺るがしかねないリスク要因が、イタリアでこのほど発足した、ポピュリスト政党「五つ星運動」と右派「同盟」の連立政権である。この政権が掲げる財政拡張路線は、財政規律を重視する欧州通貨統合の基本理念と正面からぶつかり合う。
そうした政治的対立の中で、ユーロ圏からの事実上の離脱をイタリアが「ディール」の材料に用いる可能性も排除できない。この「リスクオフ」の材料が金融市場を大きく揺り動かす場合には、金融政策の正常化を目指すECBの動きは、停止せざるを得ないだろう。
- (4)ユーロ圏の景気指標減速が4~6月期に入っても続いていること
ユーロ圏の製造業PMI(購買担当者指数)は、今年に入ってから5カ月連続で低下している。サービスのPMIも、2月から4カ月連続で低下しており、動きが非常によくない。1~3月期の実質GDP(国内総生産)で確認されたユーロ圏の景気減速は一過性のものだという見方がなお支配的である。だが、5月にかけて上記指標の低下が続いていることで、ユーロ圏の景気回復の持続性に疑念が生じている。景気がもたつけば、利上げは難しくなる。
最後に、国際経済におけるユーロの地位は上がっているのか下がっているのかを、外貨準備の内訳から見ておきたい。結論から言えば、ユーロはどうやら「永遠の二番手」になりそうである。マーケットの世界に筆者が足を踏み入れた30年前も現在も、市場ではごく少数だが、「米ドル暴落(没落)説」を唱える向きがある。だが、IMF(国際通貨基金)が集計している世界の外貨準備の通貨別比率を見ると、「米ドル1強」にはまったくと言ってよいほど変わりがないことが確認される。
3月30日にIMFが公表した17年10~12月期の外貨準備通貨別比率(通貨別内訳が判明している額に占めるシェア)は、①米ドル 62.70%、②ユーロ 20.15%、③日本円 4.89%、④英ポンド 4.54%、⑤カナダドル 2.02%、⑥オーストラリアドル 1.80%、⑦中国人民元 1.23%、⑧スイスフラン 0.18%。これら以外の通貨が2.50%である<図1・図2>。
■図1・図2: 世界各国の外貨準備 通貨別比率(通貨別内訳が判明している部分についてのシェア)
|
|
|
注:豪ドル・加ドルの個別集計データは12年10-12月期以降のみ、中国人民元については16年10-12月期以降のみ、データベースに記載
(出所)IMF
やはり米ドルは強い
外貨準備に組み入れる動きが今年の初めにかけて目立ったのが中国人民元である。ドイツ連銀のドンブレト理事は今年1月15日、人民元の外貨準備組み入れを同行が決めたことを明らかにした。これより前、ECBが17年6月に5億ユーロ相当の米ドルを人民元に換えた。
ベルギーやスロバキアなど、欧州の他の国でも動きがある。また、今年5月の米トランプ政権によるイラン核合意離脱表明時には、中国がイランに原油輸入の人民元建て決済を要求する可能性が報じられた(ロイター)。だが、中国は人民元の対ドル相場を支えるために資本規制を実施するなど、取引自由化に逆行する動きも近年見せている。米ドルの地位を脅かす存在になる可能性は、現状小さい。
ユーロは、通貨統合発足当初は、米ドルに並ぶ基軸通貨に将来なる可能性があるかに思われた。だが、ギリシャに端を発した債務危機、財政面などの統合の遅れ、そして最近の南欧の政治情勢緊迫(イタリア、スペイン)に鑑みると、米ドルに並び立つ展望は全く開けていないと言わざるを得ない。全体の20%前後の維持で精一杯だろう。
日本円や英ポンドについては、あえて詳しく説明するまでもないだろう。
トランプ大統領という型破りの政治家が他の国々を困惑させているが、米ドルが基軸通貨として抜きん出た存在である時間帯は、この先も長い間続きそうである。
この記事はシリーズ「上野泰也のエコノミック・ソナー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?