トランプ米大統領とプーチン露大統領のキスを描いた落書。「ロシアゲート」疑惑のなりゆき次第で、トランプ大統領もニクソン37代大統領の二の舞いに?(写真:AP/アフロ)
「恐怖指数」が歴史的な低水準を記録
シカゴ・オプション取引所(CBOE)が公表している、S&P500種株価指数を対象とするオプション取引のデータから算出される変動性指数(VIX)、通称「恐怖指数」が、歴史的な低水準を記録した。この指数が20を超えると株価急落への市場の恐怖感が高まった状態とされているのだが、5月8日の終値はそれよりもはるかに低い10をさらに下回る9.77(前週末比▲0.80ポイント)になり、1993年12月27日以来の低い水準が記録された。前日7日に行われた仏大統領選決選投票で中道のマクロン候補が勝利。極右ルペン候補が予想以上の差をつけられて敗退したことにより、欧州の政治イベントに基づく株価の下落リスクが薄れたからだという説明が一般的である。
■図1:「恐怖指数」(VIX)
(出所)シカゴ・オプション取引所(CBOE)
だが実は、VIXの終値は昨年の米大統領選挙の直前、11月3日と4日に22台まで上昇した後は、ほとんどの日で15未満にとどまっている。市場参加者の恐怖心が薄れた(VIXは株価急上昇期待がある場合も高くなることを踏まえてより正確に言えば、急に大きな動きがあることへの警戒感が薄れた)状態が、このところ定着していると言えるだろう。
居心地のよい状況「ゴルディロックス」が続く
そしてその背後にあるのは、米国経済が過熱も冷え込みもせず適度な温度を保っており、FRB(連邦準備理事会)による金融引き締めも想定以内の穏当なペースにとどまるだろうという居心地のよい状況、いわゆる「ゴルディロックス」(適温相場)状態がこのまま続くことへの期待感だと考えられる。
トランプ政権が大規模減税などにより3%を超える高い経済成長を無理に目指そうとする動きが、共和党内の意見のばらつきの大きさや財政赤字嫌い、「ロシアゲート」疑惑などに直面して行き詰まっていることが、経済環境の激変が当分見込まれないことを通じて、VIXの低下に貢献している面もあるだろう。
「ロシアゲート」疑惑と北朝鮮リスクの重要なポイント
だが、そうした好環境がいつまでも続く保証はない。居心地の良さが薄れてVIXが一時的にせよ急上昇するケースとして考えられるものはいくつかあるが、ここでは筆者が注視しているもののみを列挙した上で、「ロシアゲート」疑惑と北朝鮮リスクについて重要なポイントを解説したい。
(A)米国内の要因
① FRBの過度の利上げによる景気オーバーキル(リセッション懸念の急浮上)
② 「ロシアゲート」疑惑の拡大などを通じたトランプ大統領弾劾・任期途中での辞任リスク増大
(B)米国外の要因
① 「中国リスク」の再燃(5月8日の上海総合指数3100割れを気にする人が少なかったのは、秋に開催される共産党大会までは習近平国家主席ら中国指導部が経済・金融の安定維持に強力にコミットしているという安心感ゆえであり、大会が終わった後には構造改革志向の経済政策への切り替えを警戒して市場心理は不安定化しやすいと筆者はみている)
② 今年9月に前倒し実施される可能性が高まったイタリアの総選挙で反ユーロ政党「五つ星運動」が勝利する場合の欧州通貨統合の先行き不安増大
③ 北朝鮮のリスク(米国との直接協議が難航して武力行使の可能性が高まる場合)
実際、5月17日には上記(A)②「ロシアゲート」疑惑を主な材料にして、VIXは15.59への急上昇となった(もっとも、翌18日からは低下し、22日には10台に戻った)。
トランプ政権存続脅かす? いくつかの疑惑
日本時間5月17日早朝にニューヨークタイムズ(電子版)が報じたトランプ米大統領の捜査妨害疑惑は、この大統領を見放す動きを共和党内で広げかねないショッキングな内容だった。ロシア政府が昨年11月の米大統領選挙にサイバー攻撃で干渉した際、これにトランプ陣営の幹部も関与していたのではないかという「ロシアゲート」疑惑の関連で、カギを握る情報を持っているとみられるフリン前大統領補佐官(国家安全保障担当)への捜査を打ち切るよう、大統領自らが2月にコミーFBI長官(当時)に要請していたというのである。
このほか、トランプ大統領がラブロフ・ロシア外相らとの会談の席上、同盟国(イスラエルとみられる)から提供された機密情報を無断で漏らしたとする報道なども出ており、就任から100日の節目を通過したこの大統領は政権の足場を固めるどころか、ますます窮地に陥っている。民主党の一部は大統領の弾劾を公然と要求。共和党の一部からもこうした声に理解を示す動きが出る中、司法省は特別検察官にモラー元FBI長官を任命した。
その後も、トランプ陣営メンバーとロシア政府関係者の交流・接触があったとブレナン前CIA長官が下院情報特別委員会での証言で明確に認めたり、大統領の娘婿であるクシュナー大統領上級顧問が政権移行準備期間中の昨年12月にロシアのキスリャク駐米大使と協議した際、ロシア政府との間で秘密の通信回線設置が検討されていたとの報道が飛び出したりするなど、トランプ大統領に不利な話が続々と出ており、市場関係者はやや食傷気味になりつつある。
薄れていく「トランポノミクス」への期待感
とはいえ、ここで1つ重要なのは、トランプ政権の足取りが不安定で求心力が低下し、任期途中に辞任する可能性を(日本だけでなく)もはや米国の投資家でさえ、ある程度まで意識せざるを得なくなる中では、大型減税や巨額のインフラ投資といった「トランポノミクス」への期待感はますます薄れざるを得ないということである。
また、共和党のマコネル上院院内総務は5月16日、いかなる税制改革も財政赤字を拡大させるものであってはならないとの見解を示した。日本流に言えば「赤字国債垂れ流し」的な時限性のある大型減税は拒否する姿勢を、上院共和党は鮮明にしている。
公約した大型減税は実現のめどが全く立っていない
5月23日、予算教書の発表に際して記者会見に臨んだマルバニーOMB(行政管理予算局)長官は、「トランプ政権の下では3%(の経済成長)が再びニューノーマルになる」と豪語した。米国では3%の経済成長がかつてはノーマルだったとするマルバニー長官は、2%成長と3%成長の違いは1%ポイントにすぎず大きくないという人がいるけれどもそうではなく、50%もの違いがある(1.5倍だ)とした上で、3%成長の世の中になれば人々が雇用の面で環境好転を実感できるだろうとした。
だが、ベビーブーマーが引退しつつあり、労働生産性の顕著な上昇が見られない中、米国の潜在成長率は持ち上がりにくい。しかも、すでに述べた通り、トランプ政権が公約した大型減税は実現のめどが全く立っていない。3%成長経路への2020年末の上方シフトというあまりにも楽観的な想定に立脚したトランプ政権の予算教書についてサマーズ元財務長官は米紙への寄稿で、「過去約40年間に遡れる大統領の予算案の中で、最もひどい計算間違いだ」と酷評した。
北朝鮮に関する3つのリスク
では、上記(B)③にある北朝鮮のリスクはどうだろうか。トランプ政権は北朝鮮に対して軍事力行使を決断する「レッドライン」を対外的に明示していないものの、同政権の高官発言などから以下の3つが浮かび上がる。
① 核実験
② 大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射
③ 米軍基地への先制攻撃
上記①・②に関しては、4月30日にCBSテレビが放送したインタビューでのトランプ大統領発言がエビデンスになる。北朝鮮が前日29日に行った弾道ミサイル発射について大統領は、「小さなミサイルで、大きなミサイルではなかった。核実験ではなかった」とした上で、「いずれはより優れた(核兵器の)運搬システムを持つだろう。われわれはそれを許すことはできない」と述べた。
これより前、米国のヘイリー国連大使は4月24日のNBCテレビの番組で、米国が北朝鮮を攻撃する理由について問われ、「彼(北朝鮮の金正恩労働党委員長)が米軍基地を攻撃したり、ICBM実験を行ったりすれば、われわれは実行する」と述べた。上記②・③のエビデンスになる。
金正恩委員長は、①(および当たり前だが③)を、これまでのところ行っていない。
ICBMより小さなミサイルにとどめている北朝鮮
米国のジョンズ・ホプキンズ大高等国際問題研究大学院の米韓研究所は5月22日、北朝鮮・豊渓里の核実験場を撮影した最新の人工衛星画像を公開した上で、核実験間近とみられていた北側坑道で重要な動きがないことから「核実験は延期された可能性が高い。(一方で)関係施設は待機状態にある」と分析した。
また、データを入手し一層の性能向上を図るためのミサイル発射実験において、北朝鮮は②よりも手前のところで自制している(ICBMよりも小さなミサイルの発射にとどめている)。5月21日に行われたミサイル発射はICBMではなく、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を地上配備型に改良した中距離弾道ミサイル「北極星2号」だった。また、29日の発射は短距離弾道ミサイル「スカッド」系列と推定されている。
北朝鮮の出方をしばらく見守るトランプ政権
米国から北朝鮮に対しては、「北緯38度線の北側に入る理由を探しているわけではない」(5月3日 ティラーソン国務長官)、「(軍事オプションを取れば)信じられないほどの規模の悲劇になる」(5月19日 マティス国防長官)といったメッセージが出ている。経済制裁強化をちらつかせたり、中国による仲介努力に期待したりしながら、北朝鮮の出方をしばらく見守る(同時に米朝間の直接対話ルート開設も模索する)というのが、トランプ政権の現時点での基本方針のようである。
したがって、北朝鮮がICBMではないミサイルを発射しても、マーケットで材料視する向きが最近ほとんどいないのは、合理的な思考に立った姿勢だと言えるだろう。
北朝鮮・金正恩政権による核兵器開発・実戦配備というリスク要因は、やや時間をかけながら事態の推移を見極めていく性質のものになりつつあると、筆者はみている。
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