サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相(左から4番目)(写真=ロイター/アフロ)
資源エネルギー庁が5月23日に発表した21日時点のレギュラーガソリンの全国平均小売価格は1リットル=149円10銭で、前の週から2円値上がりした。5週連続の上昇で、14年12月下旬以来の高値である。主因は、ドル建てで取引されている原油の国際市況が強含んでいるため。しかも、ドル/円相場がこのところ円安ドル高方向に揺り戻しており、ガソリンなどエネルギー関連品目の円建て価格を押し上げる方向に働いている。
では、国際市場で原油価格はこの先どの程度まで上昇するのだろうか。需給バランスと地政学的リスクの両面から考えてみたい。
原油価格のアップサイドリスクが高まったことを筆者が強く認識したのは4月中旬だった。衝撃的だったのは、ロイター通信が4月18日に報じた内容である。ドバイ・ロンドン発のこの記事によると、世界最大の原油輸出国であるサウジアラビアは、原油価格をその当時の水準だった1バレル=73ドル台(代表的油種の1つである北海ブレントの場合)から、80~100ドル台に押し上げたい意向なのだという。
サウジアラムコの上場にらみ?
OPEC(石油輸出国機構)・ロシアなどによる原油の協調減産が継続する中で、「先進国の原油在庫の水準を5年間の平均まで抑える」という当初設定した目標がほぼ達成されたものの、これらの国々が減産を縮小する兆しはない。「ここ1年間、サウジアラビアはOPECの中でも率先して原油高を追求するようになった」「それまではイランの方が原油高を主張していたが、今はサウジアラビアがイランよりも高い価格を目指している」「サウジアラビアはさらなる値上がりを目指すもようだ。関係筋は、最近の非公開会議で当局者らが1バレル=80ドル、場合によっては100ドルが望ましいとしていたと明らかにした」と、この記事には書かれていた。
サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は2月24日の時点では、19年には原油の生産制限を緩和する余地ありと示唆していた。4月11日には、原油市場の供給過剰が生じれば傍観せずに対応するものの、「合理的でない水準」に価格が上昇することも望まないと述べていた。
そうした発言の流れがあったため、上記のロイター「80~100ドル」報道は、筆者には唐突だった。記事に話を戻すと、サウジアラビアが原油市場でのスタンスを変えた動機・狙いは、①虎の子である国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)を控えて同社のバリュエーションを上げる、②ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が唱える経済改革計画「ビジョン2030」などに必要な資金を調達する、以上2つのようである。
すでに述べたように、OPECやロシアなどの協調減産の姿勢が緩む兆しは、まだない。サウジのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は4月20日には、世界の原油在庫水準はかなり減ったものの、まだ十分ではないとの認識を示し、「忍耐強くならなくてはいけない。早まったことはしたくない。自己満足したくない」などと述べた。
このような状況下、原油価格上昇を抑える方向に働くと期待されているのが、値上がりで投資採算が向上している米国のシェール会社による原油増産である。いわゆる「シェール革命」によって、米国はいまやロシア、サウジアラビアとともに、世界の産油国トップ3の一角となっている。米国が本格的に原油増産に動けば、サウジアラビアやロシアの協調減産に対し、カウンターで強力に作用するのではないかという見方である。
米産油量増加にも大きな疑問符
だが、意味合いの重い報道が出てきている。米紙ウォールストリートジャーナルは4月19日、テキサス州とニューメキシコ州にまたがるシェールオイル生産の中心地パーミアン盆地で、石油会社はパイプラインや専門的人材・機材などの面でボトルネックに直面しているとして、右肩上がりの米産油量増加のシナリオに大きな疑問符を付けた。同様の記事はその後、英紙フィナンシャルタイムズにも5月11日に掲載された。
また、米国のシェール会社大手は、年間の投資計画や株主への利益還元計画をすでに固めてしまっているため、足元で原油価格が急上昇したからといって、年度途中で急に計画を上方修正して増産に乗り出すことにはならないのだという。
しかも、OPECやロシアなどが実施しており、これまでのところ事前の期待以上の成功を収めている原油の協調減産を、長期的・恒久的な枠組みに転換することに、減産を行っている国々の大半が賛成しているもようである。
こうしたサウジアラビアの原油価格持ち上げ重視への戦略変更・協調減産の長期化見通し・原油在庫水準の切り下がりといった需給面の要因に加えて、イラン情勢を中心とする中東の地政学的リスクも、原油価格上昇の大きな原動力になっている。
米英仏によるシリア・アサド政権への攻撃は一回限りのアクションだったわけだが、イラン(およびその宿敵であるイスラエル)の今後の動きという大きな不確定要因があるため、原油価格に上乗せされるリスクプレミアムは、当面縮小しにくい。
米国のトランプ大統領は、大統領選で掲げた「アメリカファースト(米国第一)」色の濃い公約に沿った実績を積み上げることにより、数々のスキャンダルをかわしつつ、11月の中間選挙での共和党勝利(上下両院での過半数死守)につなげようとしている。5月8日にトランプ大統領が表明したイラン核合意からの離脱は、その一環と言えるだろう。「内向き」に傾斜する米国に対し、ユンケル欧州委員会委員長はブリュッセルで行った演説の中で、米国にはもはや世界の他の部分と協力するつもりはない、と厳しく批判した。
米国以外のイラン核合意の当事国は、米国が離脱した後も合意を維持する方針である。穏健派であるイランのロウハニ大統領は、当面は核合意を遵守する意向を表明した。イランがすぐに核開発(高濃度のウラン濃縮)を再開し、これに対してイスラエルが空爆に踏み切るなどして第5次中東戦争が勃発するような事態は、現時点では実現する確率が低いリスクシナリオの域を出ていないと、筆者はみている。
ただし、経済状況の悪化を背景に、イラン国内で穏健派が守勢に回っている(しかもイランの最高指導者ハメネイ師が反米強硬派である)点は、今後の懸念材料と言わざるを得ない。
また、米国は180日間の猶予期間を経てから、イランに対して原油取引関連の制裁措置を再発動する方針である。したがって、それまでの間に米国と英独仏の間でイラン核合意見直しについて何らかの妥協が成り立つ可能性も残っている。
さらに、仮に米国による経済制裁の再開をうけてイランからの原油輸出量が減少しても(16年1月の経済制裁解除前はイランの原油輸出は日量100万バレル程度減少していた)、原油需給ひっ迫による急激な価格上昇が世界経済全体を悪化させるような事態は起こりにくいと考えられる。OPECやロシアなどが実施している協調減産の部分的緩和(サウジアラビアなどによる増産)によって、原油不足の慢性化と価格急騰は回避され得る。
原油価格上昇の微妙なさじ加減
むろん、サウジアラビアの原油戦略は、市場におけるシェアではなく価格水準を重視する方向へと大きくシフトしており、4月のロイター報道が示す通り、同国が中期的に目指す原油価格の水準は切り上がった可能性が高い。
違反増産がほとんどみられない(規律が維持され足並みが揃っている)OPEC主導の協調減産とサウジアラビアの戦略変更によって、米原油先物(ウェストテキサスインターミディエート)のレンジは、従来の1バレル=40~60ドル前後から10~15ドルほど上方にシフトして、50~75ドル前後になったのではないかと、筆者はみている(5月中下旬には一時72ドル台まで上昇。もう1つの代表的油種である北海ブレントの先物は一時80ドル台に乗せた)。
OPECが公表している原油バスケット価格は5月22日時点で77ドル台まで上昇しているのだが、このベースで言えば、新たなレンジは55~80ドル程度になり、上限が80ドル台に乗せることになると見込まれる<図1>。サウジが想定する新しいレンジに入り、原油価格の上昇には一服感や達成感が生じやすいだろう。
■図1:OPECが算出している原油バスケット価格
(出所)OPEC
けれども、急激かつ大幅な原油価格の上昇によって世界経済が悪化し、原油需要が減退すると、原油価格の大幅反落と原油収入の減少につながってしまうため、OPECやロシアは原油価格の押し上げでは決して無理できない。「過ぎたるは及ばざるがごとし」である。
整理すると、原油価格はもう少し上昇しそうだが、世界経済全体が大きく悪化することにはつながらないというのが、メーンシナリオになる。微妙なさじ加減が要求される話であり、本当にそううまくいくのかどうか、情勢を日々注視していく必要がある。
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