また、同書には、2016年に北朝鮮で出版されて品切れになるほど人気を集めた実録小説『野戦列車』(文学芸術出版社)に出てくる、金正日・金正恩親子の核兵器を巡る会話を紹介したくだりがある。「小説という形で一般にも販売され、公表されているのだから、北朝鮮の核やミサイルに関する基本的な考え方だと判断できる」と五味氏は書いており、たしかに北朝鮮の最近の動き方の根底にあるものを、実によくとらえているように思う。以下がその会話である。

 金正日「私がいつだったか大将(正恩のこと)に話したことがあったと思う。外交戦における勝負は、策略と世論戦に少なからず関係するだろうが、それよりも国力と軍事力なのだ。拳(こぶし)が強ければ、言い争いをしなくても良いのだ。外交の命である自主性と尊厳は、力の裏付けなしに守ることはできない」

 正恩「心に刻みます。私は、わが国を大国と堂々と渡り合える政治軍事強国にしてくださった将軍(正日のこと)の先軍政治を、命を賭けて掲げて行きます。核の列強が屏風のように朝鮮を取り囲んでいる今日、強力な軍事力、核抑止力だけがわれわれの尊厳と東北アジアの平和を守ってくれることでしょう」

 当面のヤマ場である米朝首脳会談で、金委員長は何を語るだろうか。そして、この会談はどのような結果になるのだろうか。

「トランプにとって重要なのは、見た目だけだ」

 対北朝鮮でもタカ派的な姿勢をとっているポンペオCIA(中央情報局)長官がティラーソン氏の後任の国務長官になったことによるトランプ政権の政策決定過程への影響(タカ派とハト派のパワーバランスの変化)といった新たな不確定要因が意識される中、会談が決裂した際の米国による即時軍事行動を警戒する向きもある。

 だが、先に執筆内容を引用したニューズウィーク誌のグレン・カール氏は、かなり冷めた見方をしている。彼は金委員長を「マキャベリスト」と位置付ける一方、トランプ大統領は「ナルシシスト」だと断言した上で、「金の狙いは、言うまでもなくアメリカによる先制攻撃の回避にある」「金が理性的な対話に応じ、おそらく愛敬も振りまくとしたら、アメリカが武力行使に出るのは難しくなる」と喝破。

 「金は非核化を約束するふりをするだろう。アメリカは金の約束を『前進』と強調するだろう。一方で金は、習との首脳会談の時と同様に、北朝鮮が具体的な措置を講じる前に、まず韓国とアメリカが信頼醸成の手段を取る必要があるという条件を付けるだろう。両国はこの歴史的な会談の建設的な結果を大げさに宣伝し、実施のための努力を口にするだろう。そして戦争勃発の危険は、少なくとも当座は減る」「金との会談の結果がどうなろうと、トランプは大成功を収めたと吹聴するか、誰かを責めるだろう。71歳の彼の髪を見るだけで分かる。トランプにとって、重要なのは見た目だけだ」としている。

 実に冷徹な見方であり、説得力があるように思う。

 歴史上初めてとなる米朝首脳会談。マキャベリストとナルシシストの邂逅の後でアナウンスされるのは、「どちらの側も勝利した」という、一種の予定調和の結末なのだろうか。

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