経済活動の活発な大都市に、マネーが集中する動きが加速している。(イラスト:PIXTA)
経済活動の活発な大都市に、マネーが集中する動きが加速
日銀が1月30日に公表した昨年12月末の都道府県別預金・現金・貸出金の関連で、興味深い報道があった。地方の金融機関や企業の間で特に関心が高いテーマだろう。
経済活動の活発な大都市に、マネーが集中する動きが加速している。日銀がまとめた2016年末の都道府県別預金によると、関東地方の預金残高は前年末比13.1%増の368兆1176億円。全国(730兆2368億円)に占める関東の割合は2.2ポイント上昇の50.4%と、データをさかのぼることが可能な1998年以降で初めて年末の残高が5割を突破した。
都市銀行や地方銀行など139行を対象に、各都道府県内の本支店の預金残高を集計した。
マイナス金利の影響で、企業が普通預金を増やした
全国に占める関東の割合は、1998年末の約43%から上昇傾向が続いている。関東の中でも東京都の伸びが突出しており、2016年末の東京の預金残高は前年末比19.1%増だった。
けん引役は法人預金だ。日銀が2016年2月にマイナス金利政策を導入した影響で、企業が利回りの低い債券での資金運用を減らし、代わりに預金を増やした。
大手行関係者は「企業収益が高水準で推移していることも、法人預金増加につながった」と指摘。大企業の本社が多い関東に預金が集まる構図になっている。大都市を抱える近畿、中部両地方も、それぞれ4.3%増と堅調だった。
地銀の営業基盤が弱体化、再編の呼び水になる可能性も
一方、四国は0.6%増、東北は1.4%増にとどまった。県別では愛媛が0.4%減、岩手もわずかにマイナス。若者の都市部転出や相続に伴う資産の流出、企業活動の停滞などが背景にあるとみられる。
地方で預金の伸び悩みが続けば、地銀の営業基盤が弱体化し、再編の呼び水になる可能性もありそうだ。
関東地方(特に東京)に法人預金が集中する傾向が加速している背景についてこの記事は、①日銀のマイナス金利導入をうけて企業の債券運用が減り預金滞留額が増えたこと、②高水準の企業収益を指摘した。
さらに、地方で預金が伸びにくい理由としては、①若者の転出や相続に伴う都市部への資産流出、②地元での企業活動の停滞を挙げた。
法人預金全体の動きについて実際の数字を確かめるため、日銀発表のマネーストック統計に含まれている法人預金の種類別残高を見ると、マイナス金利導入の次の月(2016年3月)に預金通貨(普通預金など要求払預金)が急増したことが確認される(前月比+8兆2684億円)<■図1>。
■図1:マネーストック 「法人預金」 預金通貨・準通貨・CD(月中平残)
(出所)日銀
これに対し、預金通貨との金利差がほぼ消滅し、一定期間資金が固定されるというデメリットの方が意識されやすくなった準通貨(定期性預金)やCD(譲渡性預金)は、3月に残高が減少した(前者が前月比▲7561億円、後者が同▲2兆4247億円)。
事業法人による債券運用が減少した理由
また、日本証券業協会が発表している公社債投資家別売買高から、事業法人(マネーストックで出てきた法人預金の「法人」よりも範囲が狭いことに留意)による債券運用の動向(除く短期証券ベース)を見ると、日銀がマイナス金利を導入した頃から買付額-売付額のプラス幅(買い越し幅)が一段と縮小していることがわかる。直近データである今年1月は+391億円にすぎない<■図2>。
■図2:公社債投資家別売買高 「事業法人」 買付額-売付額 (除く短期証券)
(出所)日本証券業協会
事業法人の買い越し幅は、以前は1000億円を超える月が珍しくなく、2015年2月には4938億円の買い越しとなっていた。だが、1000億円超えは2015年11月(1634億円)が最後。2016年は、1月が983億円、マイナス金利が導入された2月が782億円で、3月は403億円にとどまった。
事業法人による債券運用が減少した理由としては、マイナス金利導入とそれによる長短金利低下の影響が大きい。特に、短中期ゾーンの金利がマイナス化したことで、短い期間の余資運用において主力だったCD・CP(コマーシャルペーパー)などでの現先運用や、1~2年程度の債券購入を、事実上行えなくなったことが痛い。これらより運用期間が長い長期ゾーンでは、日銀により「ゼロ%程度」に金利ターゲットが設定されているが、10年程度も資金を固定化することになる割には金利水準がかなり低いと言わざるを得ない。また、超長期ゾーンには現在の目線ではそれなりにまとまった金利が付いているものの、後述するように日銀によるグリップが相当弱く、値動きが不安定である上に、償還までの期間があまりにも長すぎることから、一般企業の余資運用には通常適さない。
日経平均リンク債などのオプション取引を絡めた金融商品で、より大きなリスクをとりながら金利収入をできるだけ確保しようとする動きも出ているが、法人が預金通貨に滞留させている金額と比べれば、金額の規模はかなり小さい。
「長生きリスク」に備えた個人の預金も積み上がる
法人に加えて、「長生きリスク」を拭い去れない個人の預金も積み上がっている。前年と比べた伸び率が貸し出しのそれを常に上回る中で、日銀が発表した1月の預金・貸出動向速報から試算される銀行の「預貸ギャップ」(預金と貸出金の差)は223兆9185億円になり、過去最大をまた更新した。
このように「未曾有のカネ余り」が続いていることから、銀行経由にせよ事業法人による直接の動きにせよ、潜在的には債券での資金運用のニーズは非常に大きいと考えられる。したがって、そうした観点からは、長期金利の上昇・国債イールドカーブの金利上昇方向での急傾斜化(ベアスティープ化)には自ずと限度がある、という話になる。
超長期ゾーンの金利はこのところ不安定な動き
ただし、すでに述べた中にもあるように20年・30年・40年の国債利回りに代表される超長期ゾーンの金利はこのところ不安定な動きとなっており、金利低下の阻害要因である。
そう書くと、日銀は「イールドカーブ・コントロール」を行っているのだから超長期ゾーンでも金利上昇は押さえ込まれているのではないかと、不思議に思う人もいるだろう。
だが、日銀が長期金利の操作に乗り出した昨年9月から今年2月までの間、このゾーンの金利は大幅に上昇しており、日銀はそれを事実上追認してきた。
金融緩和の枠組みを修正するに際して日銀が導入した「イールドカーブ・コントロール」。その運営(長期国債買い入れの入り方)が不安定化した原因として、筆者を含む市場の側は、①調節パターンの固定化をできるだけ回避して柔軟性を確保しておきたい現場(日銀金融市場局)の意向、②市場に対する日銀のミスコミュニケーション(対話の失敗)に加え、③トランプ米大統領から日本の円安誘導をけん制する発言が出てきたことによる調節スタンスの萎縮(金利低下を促すような目立った行動をとりにくくなったこと)もあると推測している。
国債イールドカーブの形状は「適切なもの」と事実上追認
そうした中、2月9日に高知で講演・記者会見を行った中曽宏日銀副総裁は、2%の物価目標の達成がまだ遠いことから、10年債利回り「ゼロ%程度」に設定されている長期金利ターゲットの引き上げにあわてて動くつもりはなく、粘り強く緩和を続けていくとした。
その一方で中曽副総裁は、「イールドカーブ・コントロール」の実際の運営には金融政策決定会合でガイドラインのようなものは設けることはせず、現場(金融市場局)のオペレーションデスクに運営を委ねるということでよいとの考えを表明した。
そして、記者会見で最後に向けられた質問「先程から、『最も適切と考えられるイールドカーブの形成を促す』という発言がありますが、現在の金利は適切な水準にあるのでしょうか」に対して中曽副総裁は、「繰り返しになりますが、今の経済・物価・金融情勢を踏まえると、現在の短期が▲0.1%程度、長期金利の10年物が『ゼロ%程度』と、このもとで形成されている現在のイールドカーブは適切なものだと認識しています」と明言した。
これは、40年債が1.0%台、30年債が0.8~0.9%台、20年債が0.6%台というところまで上昇した超長期ゾーンの金利水準を含めて、発言があった2月9日時点の国債イールドカーブの形状は「適切なもの」だとオーソライズし、事実上追認したものだろう。筆者はそのように理解している。
副総裁の講演の資料には、10年超から急角度で上昇する図表
付言すると、副総裁の午前中の講演原稿に添付された図表には、短期政策金利(▲0.1%)と長期金利操作目標(ゼロ%程度)の2か所のみで「ピン留め」されたイールドカーブが、10年を超えたところから急角度で上向いている直近の状況が示されていた。
債券市場参加者の多くは、イールドカーブの形状に関する日銀の評価はコントロールが導入された当初と比べてずいぶん変わったなという印象を抱いている。「信じてみたけれど裏切られた」という思いを抱いている向きも少なくないだろう。
この問題に関する経緯を整理して、振り返ってみよう。
黒田東彦総裁は、「イールドカーブ・コントロール」を導入した昨年9月21日の金融政策決定会合終了後の記者会見では、「現時点においては、現時点のイールドカーブは概ね妥当ではないかと考えています」と述べていた。
だが、この発言には「現時点においては」という限定句がしっかり付いていたことが、後で振り返ってみれば重要だった。これは言うまでもなく、政策当局者があとで言い訳できるように付けておく常套句である。
その次、11月1日の金融政策決定会合終了後の記者会見で黒田総裁は、「全体としてのイールドカーブは概ね前回の会合通りであり、特に違和感はありません」と発言。「概ね妥当」とした9月の発言からトーンダウンした。
黒田総裁はさらに、超長期ゾーンの金利について、「2つの点を操作目標として示し、マーケットでイールドカーブが全体として整合的で、適正な形になると想定しておりまして、先行きの経済・物価に対する見方などを反映して、上下に変動しつつも、金融市場調節方針と整合的な形で市場において形成されていくものであろうと認識しています」と発言。市場における上下動を経て形成されるものだという認識を前面に出した。
超長期ゾーンでは、力ずくで押さえ込まないというメッセージか
超長期ゾーンでは日銀のグリップが弱い、つまり金利の上昇を力ずくで押さえ込むような行動はこのゾーンでは基本的に取らないつもりだというメッセージを日銀は発信したつもりだったのだろう(実際にその時にそう受け止めた市場参加者は少なかったのだが…)。
そして、いわば「最後の一撃」になったのが、すでに触れた2月9日の中曽発言である。
国内債券相場は引き続き、「日銀依存」の様相がきわめて濃い。日銀の「心中」を慮って、あるいは市場調節の微妙な変化をにらみながら、今後も動くことになるだろう。
ただし、すでに述べた通り、運用先を求めるマネーが大量に蓄積しているのもまた事実である。4月から新しい年度に入り、国内機関投資家の多くが債券の運用の面で動きやすくなると、超長期ゾーンの国債がじわじわ買われて利回りが下がる中でイールドカーブは金利が低下しつつ平坦化(ブルフラット化)していくだろうと、筆者は予想している。
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