鉱工業生産、12月0.5%上昇 10~12月2.0%上昇
経済産業省から1月31日に発表された昨年12月の鉱工業生産速報で、生産指数(2010年=100)は100.4(前月比+0.5%)になった(2か月連続の増加)。2016年8月以降、前月比マイナスになった月は1つもない<■図1>。そして、10-12月期の鉱工業生産は前期比+2.0%になった(3四半期連続の増加)。経済産業省は基調判断を「持ち直しの動きがみられる」に据え置いた。
■図1:鉱工業生産 生産指数・在庫率指数(季節調整済)
注:生産の直近2か月は製造工業生産予測指数(前月比)を用いた試算値
(出所)経済産業省資料より筆者作成
また、出荷指数は前月比▲0.3%(4か月ぶりの減少)、在庫指数は同+0.2%(4か月ぶりの増加)で、在庫率指数は108.8に上昇した(同+0.9%)。出荷と在庫のバランスは12月には若干悪化したものの、気にする必要があるほどの動きではない。むしろ、在庫率指数が11月にかけて急速に低下しており、在庫と出荷のバランスは大幅に好転した状態となっている。
輸送機械や電子部品・デバイスなどが好調
主な品目について向こう2か月の生産計画・予測を示している製造工業生産予測指数は、2017年1月が前月比+3.0%、2月が同+0.8%で、いずれも上向きである。これらを用いて鉱工業生産の1・2月平均を試算すると、2016年10-12月期の水準から4.2%も切り上がる計算になる。
ただし、予測指数は実現率がマイナスになりやすい(生産の実績は計画・予測段階の数字を下回るのが常となっている)。そうしたことも勘案して経済産業省が作成した1月の鉱工業生産の先行き試算値(季調済)は前月比▲0.5~+1.5%で、最も可能性の高い最頻値は同+0.5%となっている。
製造工業生産予測指数が示すほどの強さではないが、主力業種(電子部品・デバイス工業および輸送機械工業)が好調を維持する中で、鉱工業生産は当面、緩やかな増加を続けると見込まれる<■図2>。
■図2:鉱工業生産 生産指数(季節調整済) 輸送機械工業、電子部品・デバイス工業
注:生産の直近2か月は製造工業生産予測指数(前月比)を用いた試算値
(出所)経済産業省資料より筆者作成
輸出の強い動きが、鉱工業生産の増加につながった
この間、実質輸出(日銀が試算している数量ベースの輸出)がかなり強い動きとなっている。そうした中で出荷と在庫バランスが改善方向に大きく動き、在庫の水準が下がった。そこで、在庫補てんのため鉱工業生産が増加し、いわば実質輸出の動きにキャッチアップしてきている構図だとも言える<■図3>。
■図3:実質輸出指数と鉱工業生産指数
注:生産の直近2か月は製造工業生産予測指数(前月比)を用いた試算値
(出所)経済産業省・日銀資料より筆者作成
加えて、国内需要の面では、新車販売台数(登録車)がニューモデル効果を原動力に足元で好調である。また、不振が続いてきた軽自動車でも販売が上向きに転じる兆しがある。自動車は生産面で、鉄鋼業など素材業種への波及効果が大きい。
輸出や生産の直近の強い動きの持続性には疑問符
もっとも、輸出に関しては、①自動車を中心に生産拠点の海外シフトが相当進んでしまっていること、②電子部品のうち足元好調な中国メーカー向けを含むスマホ関連需要には製品サイクルの関係などから遅かれ早かれ一巡感が出てくるとみられること、③米国のトランプ政権が日本の対米貿易黒字を問題視していることなどから、輸出や生産で見られている直近の強い動きの持続性に、筆者は懐疑的である。
なお、日銀は2月1日に公表した展望レポートの背景説明(BOX1)財別輸出の動向の中で、上記②の関連で、「情報関連について、企業からの聞き取り調査などによれば、最近は、スマートフォンの新製品向けだけでなく、中国スマートフォンのメモリ大容量化や、クラウド化に伴うサーバー需要の拡大、車載向け製品の増加など、電子部品需要の裾野に拡がりがみられてきている」と記述した。これは確かに明るい動きである。だが、足元の生産予測指数の伸びがあまりに急激であることも考え合わせると、それらの輸出にはやはり、一巡感が早晩出てくるのではないか。
「トランプ発」の自動車貿易摩擦や円高のリスク
また、言うまでもないことだが、「トランプラリー」の反動で為替が円高ドル安方向に大きく揺り戻して輸出に悪影響を及ぼすことを警戒する必要もある。
1月30~31日に開催された日銀金融政策決定会合は、金融政策の現状維持を決定した。すでに述べたように電子部品などの輸出・生産が足元で好調に推移している上に、昨年11月からの「トランプラリー」で円安・株高が進んだことが追い風になっており、日銀の景気見通しは強気に傾いている。黒田総裁は昨年12月26日に、「日本経済は、これまでは、いわばグローバル経済の『逆風』の中で奮闘してきましたが、世界経済が新たなフェーズに入る中で、これからは『追い風』を受けてさらに前進していくことが可能な状況になってきていると思います」と述べた。
しかしその後、米トランプ政権の保護主義的な施策が世界経済に混乱を巻き起こすことが警戒されるようになっており、自動車を巡る日米貿易摩擦の再燃リスクも意識されている。
これまでの「追い風」と、今後起こり得る強い「向かい風」の両方を考えると、日銀としては今後の景気・物価見通しで、過度に強気に傾斜するわけにもいかない。1月31日に公表された日銀の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)では、実質GDP(国内総生産)の見通しが2016・2017・2018年度いずれについても上方修正される一方、消費者物価指数(除く生鮮食品)の2017・2018年度の見通しは上方修正されず、据え置かれた。そして、物価の前年比が2%程度に達する時期については、「見通し期間の終盤(2018年度頃)になる可能性が高い」という、昨年10・11月の前回展望レポートの表現が維持された。さらに、中心的な見通しのリスクバランスは今回も、「下振れリスクの方が大きい」とされた。
ドナルド・トランプ米大統領の発言や行動に、日本経済が振り回され続ける可能性がある。(写真:ロイター/アフロ)
日銀の緩和策を「円安誘導」と批判してくるリスクも
政府関係者は「金融政策にまで口出ししてくると面倒なことになる」と述べ、米国が日銀の緩和策を「円安誘導」と批判してくるリスクを否定しきれないと漏らしていた(1月28日 日経)。数日後、1月31日のトランプ大統領発言で、それが早くも現実になった。
また、同じ1月31日の英紙フィナンシャルタイムズには、対中強硬派として知られており新設の国家通商会議(NTC)のトップに就任したピーター・ナバロ氏が、「暗黙のドイツ通貨・マルク安が貿易交渉の障害になっている」として、為替市場でユーロが安くなっていることを強く批判した発言が掲載された。
これらの発言は、トランプ政権の保護主義的な姿勢がいかに強固なものであるかを、市場に強く印象付けた。「米国第一」の下での米製造業「復活」のためには、自国通貨ドルが他国の通貨に対して強いことは、明らかにネガティブである。
「強いドル政策」を財務長官は示唆するが、上昇余地は限られる
トランプ大統領から財務長官に指名されたスティーブン・ムニューチン氏は1月19日に上院で開催された指名承認公聴会の席上、「強いドルは長期的に重要だ」「ドルは最も魅力的な通貨で、海外から米国に投資を呼び込んでいる」と発言した。これは、クリントン政権のロバート・ルービン氏以降、米国の歴代財務長官が継承してきた「強いドル政策(strong dollar policy)」を、トランプ政権も採用する考えを示唆したものだろう。①基軸通貨としてのドルの信認を保つこと、②そのことによって経常赤字国である米国への投資マネーの安定的流入を確保する狙いが背景にある。
だが、話はそこで終わるわけではない。ドル高が行き過ぎれば、輸出減少・輸入増加を通じて、トランプ大統領が忌み嫌っている米国の貿易赤字が拡大する。
1980年代前半のレーガン政権は、大型減税・高金利政策・ドル高に由来する「双子の赤字」で行き詰まり、1985年9月には国際協調でドルを押し下げる「プラザ合意」が成立した。「レーガノミクス」の失敗を、「トランポノミクス」が繰り返さないためには、ドル高が行き過ぎないようマネージする必要がある。トランプ大統領の頭の中にあるとみられる世界観は1980年代のそれではないかという印象を、彼の言動から抱いているのは、筆者だけではあるまい。
在庫補てん一巡後の鉱工業生産については、楽観視できない
したがって、「強いドル」政策という「看板」はこれまでの政権と同じように掲げながらも、トランプ政権はドル相場がここから大きく上昇するようなことは極力回避しようとする可能性が高い。つまり、ドル相場の上昇余地は限られるということであり、「トランプラリー」の下で昨年11~12月に急進行したドル大幅上昇の反動がこの先も続きやすいという見方である(市場には、ある1つの方向に限界を見出した場合、その反対側を試しにいく性質がある)。
以上のように考えを巡らせると、在庫の補てんなどが一巡した後の鉱工業生産の足取りは過度に楽観視すべきでない。米国の動き次第ではむしろ日本の輸出・生産に下振れリスクが急浮上しかねないと、筆者はみている。
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