EVシフトは止まらない(2017年春の上海モーターショーで展示されたVWのEV「I.D.Crozz」、写真:Imaginechina/アフロ)
12月14日のコラム、「トヨタとパナの提携で加速する次世代電池開発」に関しては、読者の支持率を96%もいただき、発信した筆者としても、お陰様で満足感を得た。それだけこの内容が、自動車業界や電池業界、そして部材業界に大きく影響することとして伝わったのだろう。
同コラムでは、2020年以降の実用化が期待される全固体電池を中心に記述したのだが、全固体電池が実用になったとしても、すぐに現在の液系リチウムイオン電池(LIB)が置き換えられることにはならない。言い換えれば、現在進んでいるEVシフトに連動したLIB事業の競争力強化が、当面の間、ますます問われることになる。
車載電池事業を拡大するドイツ自動車メーカー
ドイツ勢のダイムラー、BMW、フォルクスワーゲン(VW)には、2018年から米国カリフォルニア州が制定しているゼロエミッション(ZEV)規制が課せられる。一方で、ドイツのメルケル首相が「優れた工業製品が多々あるにもかかわらず、電池産業がないのはドイツの憂鬱」と発しているように、ドイツにはモバイル用から車載用に至るまで、グローバルに闘える電池企業がない。2000年以前には、ニッケル水素電池をビジネスとするVARTAという企業があったものの、今はその影もない。
そのような中、ドイツの自動車業界は車載用電池に対する考え方を変えてきている。2~3年前までは、調達コンポーネントの1つという位置づけであった。すなわち、セル調達から電池システムに至るまで、独ボッシュなどのTier1に任せるスタンスを基本としていた。
しかしここ数年、電池システムはEVシフトにおける重要な戦略コンポーネントと認識しだした。中でも、ダイムラーはバッテリーモジュール(電池セル単位のブロック集合体)から電池パック、そして電池制御システムまで含めた電池パックシステムの内製化に舵を切った。2016年には独ACCUMOTIVEを子会社化してグループ傘下に収め、ビジネスモデルを構築した。
但し、セルの開発や製造は行わず、セル自体は韓国SKイノベーション(SKI)や日本のリチウムエナジー ジャパン(GSユアサコーポレーション、三菱商事、三菱自動車の合弁)から調達している。セルはこのように、アウトソーシングとし、しかも複数購買というスタンスでコストを競わせる。当面は、このようなビジネスモデルで進めるようだ。
電池に関する知見を有するダイムラージャパンの知人である若手エンジニア(日産自動車出身)は、本年3月にダイムラー本社があるシュトットガルトの研究開発センターに異動となった。電池研究開発に造詣が深い人材が少なく、人材の強化を図る目的で、急遽、本部に招聘された格好だ。
筆者は日本能率協会主催のテクノフロンティアの中の「バッテリー技術シンポジウム」の委員を2015年から務めている。EVシフトの筆頭の一角をなすダイムラーに所属する彼を、18年4月に開催される当シンポジウムの講師として招くこととした。きっと、ドイツのEVシフトに対する真剣な取り組みと考え方を披露してくれることになるはずだ。
もう一つの雄であるBMWは、ダイムラーと同様にセルはアウトソーシング、モジュール以降から電池パックシステムまでは自社内で開発している。2013年に発売したEV「i3」、およびプラグインハイブリッド車(PHV)「i8」に関して、セルは韓国サムスンSDIから調達している。最近は、中国CATLからの調達契約を交わし、サムスンSDIとの性能および価格を競わせる戦略を構築した。
そして同社は2019年の稼働を目標に、電池材料研究センターを創設する準備を開始した。電池研究開発の一環として、素材・部材技術に関する知見を向上する目的で機能させるとのことで、筆者の知人である日本人の若手エンジニアが、ここでも活躍する機会となるようだ。しかしそれでも、セル事業までは当面事業化する計画はなく、電池メーカーと対等な議論ができること、および電池メーカーに素材・部材の観点から提案できるビジネスができることを目標にする機能のようだ。セル自体は複数調達で戦略的に展開する模様である。
日本の自動車各社と電池各社は国内の近い所で協業し、特に車載電池の合弁会社を設立してきた関係がある。一方で、ドイツ勢の自動車各社にとっては国内あるいは近隣に強い電池各社が存在していないことで、日本とのビジネスモデルは異なるスタンスをとる。
VWに至っても、電池調達関係で2025年までに6兆5千億円を投資するという遠大な展望を表明している。これは、電池業界に対する大きなメッセージであり、LIB供給ビジネスのチャンスであることを鼓舞すると共に、性能と価格を競わせようとする大きな戦略が見え隠れする。
VWは中国に関するビジネスに殊更思い入れが強い。中国市場でのVWのブランドは他の外国勢よりも強いだけに、中国政府が推し進める2019年発効のNEV(新エネルギー自動車)規制に対し実力を示した。中国政府が認定するエコカーライセンス、すなわちエコカー製造認証において、VWと中国のJACが合弁で設立したVW-JACが、15番目の企業として認可されたからである。外資としては初めてだ。同時に、VWの勢いはCATLとの合弁を模索するなど、ダイムラーやBMWよりも中国でのビジネス戦略は積極果敢だ。
大投資で欧州市場を囲い込む韓国電池業界
中国政府の介入により、中国でのビジネスが空回りしているサムスンSDIとLG化学は矛先を欧州に向けた。同様に、電池事業戦略を急拡大しているSKIも、前二者の動きを勘案しつつ、欧州展開を一気呵成にしかける。
中でもLG化学の欧州進出は早かった。約400億円を投じ、ポーランドでLIB工場を本年末に稼働させた。今後も継続投資により、生産キャパの拡大を図る。サムスンSDIも同規模の投資で、ハンガリーにLIB工場を建設し、2018年の稼働を目標として顧客開拓を図る。
この両者の間に割り込むかのように、SKIはハンガリーに拠点を構えることを決断した。もっとも、韓国瑞山(ソサン)にあるLIB工場の生産キャパは1.1GWhであったが、更に200億円を投じて18年下半期には3.9GWhまで拡大する計画である。そしてハンガリーに約840億円を投じ、7.5GWhのLIB工場を建設するとのこと。欧州のEVシフトが本格化する2020年の稼働を目指すというが、完成すれば欧州最大のLIB工場となる。総額1000億円超の大投資を敢行する。
LIB生産工場がない欧州市場の隙間を縫って、人件費の安いポーランドやハンガリーでセル生産をふんだんに行い、日本や中国の電池事業に対し主導権を握る戦略に出ている。韓国の3社が現地に構えることで、3社間の激突となるともいえるが、周辺動向を見つつ、スピーディな事業展開は韓国企業の機動力を見せつける。
全固体電池にかける新規参入組
ドイツのメルケル首相の発言に影響されたかのように、本年前半に、イギリスのメイ首相も「イギリスにも電池産業を!」という口調で発言した。今や国を挙げての電池産業の育成~強化が大きなテーマとなってきている。
イギリス政府筋の政策に呼応するかのように、本年、ダイソンはEVの製造から販売に乗り出す意向を表明した。家電系で一躍存在感を示した同社に、多くの人材を集める求心力はあるだろう。掃除機でもユニークな設計や優れた吸引力をもつことで商品魅力を訴求している。筆者も現在愛用しているが、デザイン性と言い吸引機能と言い、確かに期待を裏切っていない。
そのようなダイソンだから、EV事業の実現可能性はあるだろう。ただ、日欧米韓の自動車ビッグ企業はブランド力を強みにEV戦略を打ち出している分、後発企業としての同社の新規事業にとって、ハードルの高さは否めない。
同社は全固体電池を主軸にEVシフトを進めるような発言をしているが、12月14日の筆者のコラムで述べたように、全固体電池の実用化に向けてはまだ多くの課題があるのは事実だ。したがって、現在のLIBを一気に超えて全固体電池と言うビジネスモデルを標榜しているとするならば、リスクは大きいと言わざるを得ない。と言うのも、2025年に至るとも、現在のLIBがなくなるわけでもなく、性能と信頼性を向上させつつ、しかもコストが一層下がるLIBは自動車各社にとっても魅力あるコンポーネントであるはずだから。
そういうダイソンに、日産自動車出身の若手エンジニア(彼も筆者の知人)が本年7月に移籍した。日本人はまだ同事業では一人とのこと、そして研究開発体制を構築している段階とのこと。それだけに、電池の事業化にはまだ時間が多く必要であるだろうから、一気に全固体電池に突き進むよりも、足元のLIB調達戦略を熟考し、EV事業を展開するシナリオがより現実的であろう。
同じように最近、日本ではTDKが電池事業に1000億円を投じると発信した。ここでも全固体電池が前提の内容になっている。TDKの場合は、セラミックコンデンサー事業を展開していることで、全固体電池の中枢的役割を担う固体電解質とはコア技術が共通する。自社の強みを発揮できるという脈略は、新事業に着手するうえでは大きな武器になる。
ただ、やはり同様に、全固体電池の技術開発に目途が付き、生産技術が整ったとは思えない現状、一気呵成の大投資で順調に進むようには思えない。現在は、全固体電池ブームのような勢いで各社が取り組み姿勢を強化し発信しているようだが、先のコラムで執筆したように、多くの課題を解決し、技術骨格を創り上げることが先決である。それが競争力をもち、価値あるものとして展望できてからの大投資というストーリーが、本来の姿ではないだろうか。
中国勢と米テスラに偏る車両火災事故の晴れぬ空
三菱自動車が2009年に発売したEVの「i-MiEV」、10年に日産自動車が発売した「リーフ」では、これまで火災事故は1件も起きていない。米フォード・モーター、欧州勢ではルノー、BMW、ダイムラー、VWの電動車も市販されてきたが、市場での火災事故は発生しておらず、安全性・信頼性の構築が進んでいる。
このような状況の中、中国ではBYDやローカルメーカーが市販したEVバスやEVタクシーで2010年から火災事故が急増し、現時点でも続いている。安全性・信頼性に関する評価試験項目の抜けや基準の甘さ、自動化が日韓勢ほど進んでいないためLIB自体バラツキがあるなど、複数の要素が介在しているようだ。
一方、テスラの「モデルS」においては、2013年に5台の火災事故が立て続けに発生し、その後も16年にはフランスでの試乗会での火災事故、さらにはノルウェーやスウェーデン、そして中国で火災事故が頻発した。全体で何台の車両が火災事故を起こしたのかは定かではないが、二桁台数の車両で火災事故が起こったことは事実のようだ。テスラのEVには、パナソニックのLIBが搭載されている。しかし、テスラからもパナソニックからも、一連の火災事故に関する詳細な原因説明はなされていない。
車載用電池に関するハザードレベルの基準をEUCARでは、7段階に分類している。レベル0は「何の変化もない」という定義、レベル1は「保護機構が作動」、レベル2はセルが回復不能となる「欠陥・破損」、レベル3は「電解液の漏出」、レベル4は「電解液の噴出」、レベル5は「発火ないし火災」、レベル6は「破裂」、レベル7は「爆発」との分類となっている。自動車業界のコンセンサスはレベル4までは容認となっている。ただし、日本の自動車業界はレベル2や3までなら許容する基準を設けているところが多く、その分、信頼性の高いLIB設計と開発が進められている。
このハザードレベルに照らせば、テスラの「モデルS」はレベル5に該当するため、自動車業界の基準に比べると信頼性が低い結果を招いていることになる。火災事故以来さまざまな対策がなされているとは思うものの、火災を発生させたのはLIBにほかならないことから、原因解析と根本対策の説明が必要と思う。
車載用電池ではないが数週間前に、富士通のノートPCの火災によるリコールが伝えられた。搭載されていたパナソニックのLIBに不具合があったという。それ以前にも、パナソニック自社のノートPCでもLIBのリコールが発生していた経緯もあり、ノートPCでのLIBのリコールはパナソニックに偏在しているように思える。
2008年に日本の電気安全法に組み込んだモバイル用LIBの安全性評価試験での基準では、いかなる不具合が発生しても、LIBの火災や爆発が起きないような基準を設けて適用されている。したがって、本来的にはノートPCでの火災事故は起きてはならないはずだ。一連のリコールを耳にすると、モヤモヤ感が漂うのは筆者だけではないだろう。
2018年にEVシフトは具現化するか?
ダイムラー、BMW、そしてダイソンには、日本人の若手エンジニアが中枢の一角を成す形で関わっている。同じ日本人として、同じく日本企業から海外企業へ移籍したという共通のバッググラウンドを有す同士として、まずは今後の活躍にエールを贈りたい。
2017年は、「EVシフト」が流行語となるほどの勢いで各業界を駆け抜けた。18年からは、その具現化がいよいよスタートする。各社の計画を発信した戦略をベースに、発信力だけではなく各社の真の実行力が問われようとしている。
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