(写真=Shutterstock)

 7月26日の本コラム、「中国の新エネルギー車規制にどう対応すべきか?」では、中国の電池業界トップ2の中国寧徳時代新能源科技(CATL)およびBYDの勢いについて記述した。欧州においてリチウムイオン電池(LIB)の生産拠点を構えつつある韓国トップ3(LG化学、サムスンSDI、SKイノベーション)が、ポーランドおよびハンガリーを拠点として選択した。一方で、CATLはドイツのチューリンゲン州にLIB生産拠点を構築することで、ジャーマン3であるダイムラー、BMW、フォルクスワーゲン(VW)とのビジネスの距離感を一層縮める展開に出ている。このことは、韓国勢にとっても大きな脅威となることを述べた。

 欧州の電動化シフトと共に、韓国勢および中国勢の電池各社が勢力を増強させているのは紛れもない事実である。逆に見ると、欧州および米国での日本勢の電池各社の存在感がかなり薄らいだ格好になってきた。

電池業界のビジネスモデルの歴史を振り返る

 では、何故このような勢力図に移り変わってきたのだろうか。まず、電池業界のビジネスモデルを振り返ってみよう。

 車載用ニッケル水素電池を搭載したハイブリッド車(HV)としては、1997年にトヨタ自動車が「プリウス」を、そして99 年にはホンダが「インサイト」を市場に投入した。すると2000年以降には米フォード・モーター、そしてVWも追随するに至った。もっとも、フォードの場合はトヨタハイブリッドシステム(THS)のライセンスを受けて実現に至っており、電池システムは日本勢が独壇場だった。当時の三洋電機はフォードやVW向けに、電池制御システム(BMS)を包含した電池パックシステムを納入しており、すなわちTier1のような立場でビジネスを構築していた。それによって、三洋電機は米欧の大手自動車メーカーからの圧倒的な信頼を勝ち得ていったのである。

 車載用途でのLIBは、2009年に三菱自動車の電気自動車(EV)「i-MiEV」に搭載されたもの、そして10年に市販された日産自動車のEV「リーフ」に搭載されたものと続く。世界に先駆けた車載用LIBの適用事例であったといえる。

 その礎を築いたのが、1991年、ソニーが世界に先駆け民生用途ではあるがLIBの量産を実現したことである。ソニーはその後、車載用途のLIBの研究開発を日産自動車、そしてホンダと共に展開して大型LIBの開発を先導した。しかし、その先導役であったソニーは1998年、当時の出井伸之社長の判断の下、「人命に関わるビジネスはしない」という戦略に基づき、車載用LIBの研究開発から手を引いた。ホンダでは筆者がソニーとの共同研究をプロジェクトリーダーとして推進していた最中の出来事であった。

 この頃から、三洋電機、日立製作所、日本電池なども車載用電池研究に取り組むようになり、将来に向けたビジネスモデル戦略を描き始めたのである。ホンダでは、筆者が1999年に三洋電機の経営陣へ申し入れをして、車載用LIBの共同研究をスタートさせた。

 この時点では、韓国のサムスンSDIもLG化学もモバイル用LIBの量産を目指して、日本勢をベンチマークしつつ実用化を図る段階にあった。車載用LIBの開発はその数年後に始まるのである。サムスンSDIがモバイル用LIBの量産を開始したのはソニーに9年遅れの2000年のことである。韓国勢が車載用LIBの研究開発に踏み切ったのはその後間もなくの2002年くらいであるから、時間的にも数年遅れ、また技術面や信頼性・安全性の面でも日系のレベルからは相当後ろを歩くことになる。