自動運転の開発加速が続く

 昨年中旬にメルセデス・ベンツがフルモデルチェンジした「Eクラス」は、自動運転のレベル2.5程度であることを本年6月8日のコラムに執筆した。その後、7月に入り、独アウディがレベル3(完全自動運転ではないが、条件付きで自動車主体の自動運転)を実現した「A8」を今秋に発売するとの発表があり、著しい進展があることにいささか驚いた。

 ではなぜ、ドイツ勢がかくも自動運転を積極的に進めているのだろうか。筆者には、その理由として以下の3点があるように思える。①電動車開発で日本勢に負けていること、②交通文化はドイツが発祥、③究極の自動車はドイツからというプライド――これらを紐解く前に、そもそも自動運転の意義について考えてみたい。

 自動運転がもたらす効果は絶大である。カーシェアリング、買い物弱者へのサポート、高齢者への運転支援対応、交通事故の低減、産業界における物流時間と効率の向上、物流コストの低減、動くオフィス、動く快適なサロン、動くホテル等々。その恩恵ははかり知れない。

 中でも社会的には交通死亡事故の減少に大いなる期待がある。日本における交通事故による死者数は、モータリゼーションと共に、1948年から70年にかけて4000人から4倍の1万6000人までに急増した。年間の自殺者を大きく上回る数値となってしまった。

 その後、自動車業界は交通事故防止の一環として、いかに死者数を減らすかの開発に取り組んだ。その結果、2000年頃には1万人程度まで死者数が減少した。ここでようやく、自殺者と数値的には等価となった。しかし、自動車業界としてみれば、まだまだ大きな数値である。

 その後は、シートベルト、エアバッグ、アンチロックブレーキなどの実用化と普及に至り、直近の2016年には4000人を割るレベルにまで効果を発揮した。

 そして今後、更に交通事故を減らすことに期待がかかるのが自動運転である。快適な交通文化を支えることは極めて革新的なことであり、社会に大きな恩恵をもたらすものである。

 ではなぜ、ドイツ勢がこれほどまでに先導するのであろうか。歴史を振り返れば、1930年代のドイツのアウトバーン計画が背景にあると思える。

 1929年に起こった世界恐慌の影響で、ドイツで600万人が失業したとされている。そんな中、1932~33年の選挙キャンペーンで、ナチ党のアドルフ・ヒトラーが、「国民に職とパンを与える」と約束したことからアウトバーン計画は始まっている。33年からアウトバーン建設がスタート、最初の区間が35年に完成された。この計画において雇用も大きく増え、結果として39年には失業者が35万人まで減少するほどの成果を出したといわれる。

 特に感心するのは、時間とコストがかかっても耐久性に優れるコンクリート舗装を実行したこと、そして大きな文化を築いたきっかけとなった自然景観と調和する建設設計基準を導入したことにある。

 そういう崇高な自動車交通文化があったからこそ、ドイツでは自動車の先進技術が開発され世界をリードしてきたのであろう。速度無制限(部分的には制限有)がもたらすアウトバーンは、高度な交通文化に耐え得る自動車を開発するという使命を負わせた。正に工業国としてのドイツらしい文化である。

 思い起こせば、1982年に半年ばかり欧州に長期出張していた際に、ホンダのアコード(当時ではホンダの最高級車)に乗ってアウトバーンを自ら運転し走行した。アクセル全開でも160km/h、そして170km/hが出たと思いきや下り坂だったことで、それが同車の限界だと知らされた。追い越し車線を、メルセデス・ベンツやBMW、アウディなどが、ものすごいスピード(200km/h以上)で駆け抜けていく姿を横目に見て、次元の違いを実感させられた。

 そういう文化が根付いているからこそ、自動運転の開発には自信をもっていることだろう。そこにドイツの気概が感じられる。そのような背景を抱えながら、自動運転が普及すればドライバーのストレスが軽減され、事故も未然に防げるという大きな効果が期待できる。

 ただし、自動運転に関わるルール作りも容易なことではない。責任の所在、保険システム等々、解決すべき課題も多い。日本勢としても、そのようなガイドラインや国際標準化でリードすることが求められるが、ドイツ勢とどのように伍していけるか、これから正念場を迎える。