自動車と交通文化のパラダイムシフトが急速に進んでいる。図に示すように、その両輪は電動化と自動運転にある。電動化に関しての発端は、1990年9月に米国カリフォルニア(CA)州にて発効したゼロエミッション自動車(ZEV)法規にまで遡るが、その当時から関わった筆者にしてみると、この27年間の歴史には、いろいろなことを考えさせられた。
自動車の電動化に関する政策と開発動向
電動化に関する内容についてはこれまでの本コラムで幾度となく執筆してきたので、最近のトピックに関して紹介したい。本年6月下旬にサンフランシスコで開催された電動車用先進電池に関する国際会議「AABC(Advanced Automotive Battery Conference)2017」では、注目すべき点がいくつかあった。
まずトランプ政権の意向で、米国エネルギー省(DOE)の2017年度の車載用電池研究に対する予算は75%減になると発表されたが、どこまで具体化されるかは今後の注目すべきところである。
一方、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの米国の離脱宣言もある中、ZEV法規を提言したCA州大気資源局(CARB)の幹部が講演した。CA州としては現在の大気環境改善と二酸化炭素削減につながるZEV規制の緩和修正については全く考えていないとのメッセージで、今後も計画的に継続していくことを力強く発したことが印象的であった。米国における州法の強さが伝わる意見であった。
更に、CARBとしては2025年に電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、および燃料電池車(FCV)の普及台数を400~450万台と展望していると言う。それ以降のCARBの政策は、50年方針として、EV、PHV、FCVの割合を100%にする予定とのこと。26年以降のCARBの政策方針は現在検討を開始し、ボードメンバーは今後3~4年以内に提言すると発した。
中国市場における動き
台湾の研究機関によれば、2016年の全世界におけるエコカー(PHV、EV、FCV)販売は50万7299台で、前年比で53.2%増となったと言う。とりわけ、中国市場がけん引したとのこと。17年には更に約20%増の61万600台と展望。他方、「中国の政策方針は毎月変わるので、鵜呑みにしてはいけない。常に動向を把握しておく必要有り」と明言した。なるほどという感が漂った。
そんな中で、中国のエコカーライセンスに異変が生じている。現在、中国政府の国家発展改革委員会は暫定的に認めた新規参入企業15社にエコカー生産ライセンスを与えているが(計画では20社まで)、資格を取り消される企業が出る可能性が有るとのことなのだ。
正式なエコカー生産ライセンスを得るには、中国政府の工業情報化部による「乗用車生産企業および製品参入管理規則」の審査通過を経て、最終的には「道路机道車両生産企業・産品公告」で公示されなくてはならず、ここで初めてエコカーの販売ができるようになる。ただし、この必要な審査をすべて通過したのは現在15社中、北京汽車グループの北汽新能源汽車(BAIC BJEV)1社とのこと。このような状況を勘案して、中国政府の工業情報化部は、新規参入企業を多くても10社程度に削減する可能性があるという。
BYDや上海汽車(SAIC Motor)等の既存自動車メーカーは規制対象にはならないとのことが明らかになると共に、つい最近では、独フォルクスワーゲン(VW)と中国江准汽車の合弁会社である江淮大衆汽車(JAC-VW)も認可された。初めて、中国ローカル系以外の外資系が認可されたことは、他の外資系自動車メーカーにも大きな指針となる。
BYDは2016年にEVとPHVで10万台以上を販売したが、日米欧韓の外資系メーカーも18年に発効する中国NEV(New Energy Vehicle)規制に対応するため、中国でのエコカー生産を開始する。そうなれば、エコカーの歴史が浅く、ブランド力が小さいBYDにとっては、ブランド力の大きな自動車各社に対抗して、エコカーをどこまで伸ばせるかが課題となる。
電池業界、部材業界、試験業界のマーケット
米ブルームバーグの市場調査によると、2030年に全世界規模で必要とされる電池容量は700GWh/年(自動車各社の計画を集計)と予測されている。16年の中国の電池生産容量比率は54%に到達し、17年には同比率で中国が76%を占有するとの見通しだ。一方、16年時点でのリチウムイオン電池(LIB)価格は、273$/kWhと推察した。
一方、「多くの中国メーカーのLIBは、安全性や信頼性の観点で国際標準に達していない」という、AABCの主催者であるPh.D. Anderman氏の見解は筆者も納得するところである。中国市場ではある程度許容されているとのことだが、今後の展開を考えれば安全性・信頼性の向上は業界をあげて不可欠の課題である。そういう状況に対しては、筆者が在籍するエスペックは大きな貢献ができると考えている。
中国政府は、消費者がエコカー補助金を受ける際の条件として、搭載されるLIBメーカーを限定している。「バッテリー模範基準」においてLIBのガイドラインが設定されていて、認証を受けた「ホワイトリスト」のLIBメーカーは、2017年5月時点で57社に及ぶ。しかし、中国系企業のみで日韓等の外資メーカーはホワイトリストに入っていない。3GWh/年以上の中国系メーカーはCATLを筆頭に、BYD、天津力神電池、万向集団A123、BAKなど12社が名を連ねる。中でもCATLの性能、品質や生産能力は中国メーカーの中では高い評価を受けている。
一方、大連にLIB生産工場を建設したパナソニックは、2017年内に稼働するものの、ホワイトリストの申請は未実施のまま。自動車メーカー(ホンダやトヨタ自動車?)からはホワイトリストの早期取得の要請があるので対応を検討中とのことだが、本格稼働後に申請するとのこと。遅すぎではないか?
CATLは、2020年に50GWh/年の生産容量を目標としている。BYDの現在の生産容量は12GW/年、19年には26GWh/年を計画しているが、20年頃にはCATLが圧倒的に上回る見込み。CATLは現在、上海汽車や北汽新能源、吉利汽車などへLIBを供給している一方、海外勢のBMWにも供給、SUV「X1」のPHVや合弁ブランドのZINOROのEVやPHVにも搭載されている。VWや現代自動車への供給契約も交わすなど、昨今、特に勢いづいている。
韓国SKイノベーションも電池事業を拡大している。1996年にLIB開発を開始、99年に製品化、車載用LIBは2006年に開発開始、10年に車載用LIBを実用化。現在の自動車カスタマーに対しては11車種のモデルに供給中で、PHVとEV用では5万台以上の規模に相当する。20年までに14GWh/年まで拡大する予定と言う。製造拠点は韓国の他、欧州、中国に展開中であり、韓国勢としてはサムスンSDIとLG化学の2強体制から、3強体制を構築中と勢いがある。
いずれにしても電動化の流れは留まることはなく、自動車業界、電池業界、素材・部材業界、試験機器業界、政府筋、大学・研究機関、調査会社やコンサル業界を巻き込んだグローバルビジネスという位置づけにある。
自動運転の開発加速が続く
昨年中旬にメルセデス・ベンツがフルモデルチェンジした「Eクラス」は、自動運転のレベル2.5程度であることを本年6月8日のコラムに執筆した。その後、7月に入り、独アウディがレベル3(完全自動運転ではないが、条件付きで自動車主体の自動運転)を実現した「A8」を今秋に発売するとの発表があり、著しい進展があることにいささか驚いた。
ではなぜ、ドイツ勢がかくも自動運転を積極的に進めているのだろうか。筆者には、その理由として以下の3点があるように思える。①電動車開発で日本勢に負けていること、②交通文化はドイツが発祥、③究極の自動車はドイツからというプライド――これらを紐解く前に、そもそも自動運転の意義について考えてみたい。
自動運転がもたらす効果は絶大である。カーシェアリング、買い物弱者へのサポート、高齢者への運転支援対応、交通事故の低減、産業界における物流時間と効率の向上、物流コストの低減、動くオフィス、動く快適なサロン、動くホテル等々。その恩恵ははかり知れない。
中でも社会的には交通死亡事故の減少に大いなる期待がある。日本における交通事故による死者数は、モータリゼーションと共に、1948年から70年にかけて4000人から4倍の1万6000人までに急増した。年間の自殺者を大きく上回る数値となってしまった。
その後、自動車業界は交通事故防止の一環として、いかに死者数を減らすかの開発に取り組んだ。その結果、2000年頃には1万人程度まで死者数が減少した。ここでようやく、自殺者と数値的には等価となった。しかし、自動車業界としてみれば、まだまだ大きな数値である。
その後は、シートベルト、エアバッグ、アンチロックブレーキなどの実用化と普及に至り、直近の2016年には4000人を割るレベルにまで効果を発揮した。
そして今後、更に交通事故を減らすことに期待がかかるのが自動運転である。快適な交通文化を支えることは極めて革新的なことであり、社会に大きな恩恵をもたらすものである。
ではなぜ、ドイツ勢がこれほどまでに先導するのであろうか。歴史を振り返れば、1930年代のドイツのアウトバーン計画が背景にあると思える。
1929年に起こった世界恐慌の影響で、ドイツで600万人が失業したとされている。そんな中、1932~33年の選挙キャンペーンで、ナチ党のアドルフ・ヒトラーが、「国民に職とパンを与える」と約束したことからアウトバーン計画は始まっている。33年からアウトバーン建設がスタート、最初の区間が35年に完成された。この計画において雇用も大きく増え、結果として39年には失業者が35万人まで減少するほどの成果を出したといわれる。
特に感心するのは、時間とコストがかかっても耐久性に優れるコンクリート舗装を実行したこと、そして大きな文化を築いたきっかけとなった自然景観と調和する建設設計基準を導入したことにある。
そういう崇高な自動車交通文化があったからこそ、ドイツでは自動車の先進技術が開発され世界をリードしてきたのであろう。速度無制限(部分的には制限有)がもたらすアウトバーンは、高度な交通文化に耐え得る自動車を開発するという使命を負わせた。正に工業国としてのドイツらしい文化である。
思い起こせば、1982年に半年ばかり欧州に長期出張していた際に、ホンダのアコード(当時ではホンダの最高級車)に乗ってアウトバーンを自ら運転し走行した。アクセル全開でも160km/h、そして170km/hが出たと思いきや下り坂だったことで、それが同車の限界だと知らされた。追い越し車線を、メルセデス・ベンツやBMW、アウディなどが、ものすごいスピード(200km/h以上)で駆け抜けていく姿を横目に見て、次元の違いを実感させられた。
そういう文化が根付いているからこそ、自動運転の開発には自信をもっていることだろう。そこにドイツの気概が感じられる。そのような背景を抱えながら、自動運転が普及すればドライバーのストレスが軽減され、事故も未然に防げるという大きな効果が期待できる。
ただし、自動運転に関わるルール作りも容易なことではない。責任の所在、保険システム等々、解決すべき課題も多い。日本勢としても、そのようなガイドラインや国際標準化でリードすることが求められるが、ドイツ勢とどのように伍していけるか、これから正念場を迎える。
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