韓国勢エレクトロニクス業界の快進撃が続いている。例えば東芝(2016年のNAND型フラッシュメモリーでの金額ベース世界シェア19.3%)がメモリー子会社の売却交渉で難航しつつ躍起になっている状況をよそ目に、サムスン電子(同じく世界シェア35.2%)はこの領域で着々と投資をし続け、不動の地位固めに入っている。
サムスン電子は、17年の第1四半期(1~3月)で5000億円規模の半導体設備投資を実施したとのことだが、7~12月の下半期にもNAND型フラッシュメモリーとシステム半導体の生産拡大を目的に大幅に投資を増やす模様である。結果として、17年の韓国国内の設備投資規模は1兆6千億円規模になる模様だ。
6月からは、京畿道平澤市(ギョンギドウ・ピョンテクシ)に3次元立体のNAND型フラッシュメモリー新工場を稼働させている。そして年末までには、追加増設も行うと言う。NAND型フラッシュメモリーにおけるこの最先端製品の比率を、年内に50%以上とする計画も打ち出している。一方、京畿道華城(ファソン)工場では、10ナノ(10億分の1)メートル級の超微細工程の生産ラインを拡充するとのこと。
国外でも、下半期に中国西安の第2工場の建設を進め、1兆円規模の投資により、2019年をメドに西安での生産能力を倍増する計画である。第1工場と合わせれば、シリコンウエハー換算での月産生産能力は22万枚となる模様だ。
サムスン電子の半導体部門は、17年第1四半期に過去最高の6300億円規模の営業利益をたたき出したと報じられた。それだけでなく、驚くことに営業利益率は40.3%を記録したということで、付加価値の高いビジネスモデルを推進している。第2四半期には7000億円規模の営業利益を展望しているようである。
サムスン電子のみならず、SKハイ二クスも積極的な投資を図っており、韓国の半導体分野では、17年の全体投資規模は2兆7000億円規模に達する見通しと言う。このように、日本勢がもたついている間に大投資を推し進めているが、韓国勢は半導体以外にも、液晶事業、有機EL事業、リチウムイオン電池(LIB)事業などで存在感を示してきた。
有機EL事業も韓国勢の独壇場である。スマホやタブレット用の有機EL事業はサムスンディスプレーの一人勝ち、一方のテレビ用大型有機ELではLGディスプレーの一人勝ちである。
フロントランナーとして、モバイル用有機ELを多用しているサムスン製スマホの快走が、米アップルのスマホ事業にも影響を及ぼしたのも事実である。アップルは2018年から、スマホに有機ELを採用することを決断したが、サムスンとの事業競争を意識してのことだろうから。
テレビ用有機ELパネルについては、日本勢の供給元がないことから、すべての日系勢はLGディスプレーに頼らずにはいられない。つい最近市販したソニーの4K有機ELテレビ(画面から音を出すブラビア「A1シリーズ」)も、6月16日に発売したパナソニックの有機ELテレビ(65型に高級音響製品技術を採用した4Kビエラ「EZ1000シリーズ」)も、そして東芝の人工知能を搭載した有機ELテレビ(レグザ「X910シリーズ」)も、LGディスプレーからパネルを調達しているのが現状だ。
これまでの日系製品では考えられない新たなビジネスモデルが展開されている。有機EL事業で焦りを露わにしている日系ディスプレー企業とは正反対に、今後も韓国勢が独走する体制はしばらく続きそうだ。2020年の東京オリンピックを追い風に、有機ELテレビはじわじわと家庭に浸透していくと予想される。
サムスンSDIのLIBは、日本の電機メーカーへの供給が2010年頃からスタートし、マキタの電動工具にも11年から供給し続けている。日本勢の電池業界がもたつく間隙を縫って、マーケティング攻勢をかけた結果である。価格が安いだけでは調達しない日本のセットメーカーも、性能や品質を認めているからにほかならない。
ただし、LIB事業に関しては中国勢の攻勢にあえぎ、日韓勢とも収益をあげづらい状況に陥っていることが大きな課題である。過去の太陽電池や液晶と似たような事業構造となりつつある。日韓勢にとってはどういう戦略で巻き返すか、1~2年以内に解決する方法を見出さないと事業継続は極めて厳しくなるであろう。
苦戦するB to C事業
一方で、B to C事業では状況ががらりと異なる。典型的な事例は現代自動車の日本市場からの撤退である。日本市場には2001年から参入し、04年には2524台まで販売を伸ばした。04年9月に韓国でデビューした5代目ソナタは、韓国国内はもとより、北米でも消費者からの絶大な支持を得た。5代目ソナタの爆発的人気を原動力に、05年9月、5代目ソナタは日本市場に導入された。
ちょうどその頃は、トヨタ自動車のカムリ、ホンダのアコードが競合車となる中、各社の技術陣は「うちの商品はソナタに負けている」と明言するほどで、加えて米国市場での評価もすこぶる高かった。しかし、このような期待感とは裏腹に、日本市場に風穴を開けるまでには至らなかったのである。
現代自動車の品質、信頼性に問題はなかったのだが、ブランド力、知名度、アフターサービスに対する不安感などが原因となって、2010年にはピーク時の10分の1以下の208台にまで販売を落とすことになった。その結果、10年に日本市場からの撤退を余儀なくされた。
それは製品の良さとは裏腹に、消費者の購買意欲が伴わなかったからである。日本には世界最多の自動車各社が製品を供給している中で、「何も韓国製品を購入するほどではない」、あるいは「韓国製品は嫌い」という心理が働いたからである。結局、日本市場では日本車に対する期待感が圧倒的に高いことが背景にある。
米フォード・モーターも日本市場から撤退せざるを得なかったことは、日本市場の障壁がいかに高いかを物語っている。そういう中で唯一、ドイツ勢のメルセデス・ベンツ、BMW、アウディは輸入を伸ばしている。それだけ、ドイツ車は日本の消費者を惹きつける魅力をブランドとして持っているし、その魅力を訴求できていると言えよう。
似たような状況はB to CではなくB to B領域ではあるが、車載用LIBにもある。筆者がサムスンSDIに在籍していた2004年から12年までの間、車載用LIBに関して日米欧の自動車各社を訪問し協議した。特に日本においては、トヨタ自動車やホンダとの協議を密に進めていた。
トヨタに対しては、現在、第一調達先であるプライムアースEVエナジー(PEVE:1996年にトヨタとパナソニックの合弁でニッケル水素電池を事業化、現在はLIB事業も展開中)、第二調達先のパナソニックに引き続き、第三ベンダーを狙ったビジネス協議を進めたもので、サムスンSDIの社長を含んだトップ外交を展開してきた。しかし、実際のビジネスまでには発展しなかった。
ホンダにおいても同様である。LIBの第一調達先はブルーエナジー(BE:ホンダとジーエスユアサコーポレーションの合弁、2009年設立)であるため、第二ベンダー狙いで協議を続けたものの実現には至らなかった。そのホンダは、15年に第二調達先をパナソニックに決定した。
いずれのケースも、日本国内で調達できる電池各社がひしめく中で、そこに外資が割り込んでいく隙がほとんどなかったと言える。トヨタにしてもホンダにしても、サムスンSDIやLG化学のLIBを調達したくなる相対的魅力が乏しかったわけで、今後の日本市場での車載用電池ビジネスでも、そのハードルはかなり高いと考えた方が良いだろう。
B to Cで巻き返せるか、スマホ事業
サムスン電子のスマホ、「ギャラクシーS8」が5月25日に日本で発売された。サムスンのスマホは以前、それなりの地位を日本でも保っていたが、2016年の「ギャラクシーノート7」でのLIBに起因するリコールが災いして、ギャラクシー離れが加速した。
筆者もサムスン在籍時代の2004年から12年まではもちろんのこと、退社後もギャラクシーを愛用していた。昨年のリコール事故で信頼を失ったサムスンのスマホ事業は大きな痛手となった。12年は日本市場で14.8%のシェアを握っていたものの、事故後の17年の1~3月期は、わずか3.8%にまで急落し、5位に転落した。ともかく、16年には世界市場で20%をキープしていたサムスンとしては、てき面の顧客離れを目の当たりにした光景だ。
事故による日本市場での信頼性の低下は、韓国勢にとっては致命傷であることを裏付ける。その点、アップルのiPhoneに対する信頼感は日本では絶大だ。米国市場での昨年シェアが34%であるアップルは、日本市場では51%ものシェアを獲得しており、いかに日本市場で受け入れられているかを表している。
そこにきて、今回のS8はサムスンにとって大きな試金石となる。日本市場でも根強いファンはいるが、それ以外の顧客開拓のために、S8は日本のモバイル決済サービスを搭載するなど、日本市場を意識した現地適合性を強調しつつ、強力なマーケティング活動を展開していくと言う。今後の動向が気になるところである。
日系と真っ向勝負から闘わない日本市場でのビジネス
結局、日本市場では日本勢がどれだけ強いか弱いかという状況分析から、市場攻略を考えるべきと言うのが結論だろう。日本市場で真っ向から闘うか、日本市場をターゲットとせず、他の国や地域で攻勢をかけるかの判断が重要ということだ。
以下に、韓国製品の世界市場と日本市場での立ち位置を示す。それぞれの製品が置かれている状況は大きく異なるのである。国や地域が異なれば、その製品が受け入れられるかどうかはがらりと変わる。特に、日本市場では、自動車業界や一部の電機業界が強いだけに、欧米でのビジネスモデルとは大きく異なることが特徴となっている。
韓国製品の世界市場での立ち位置(赤はB to C、黒はB to B)
韓国製品の日本市場での立ち位置(赤はB to C、黒はB to B)
世界市場ではサムスンやLGの薄型テレビや家電、自動車は大きな存在感とシェアを誇る。しかし、日本市場ではこれらの製品は日本勢が牛耳っており食い込むことは極めて難しい。唯一、スマホはガラパゴスと揶揄される日本勢を押しのけて、ほどほどの立ち位置を確保している程度である。
モバイル用LIBも世界市場で見ればサムスンSDIはシェアNo.1、しかし日本市場ではそれほどでもない。日本勢の電池各社がたちはだかる。車載用LIBにおいては、日系自動車各社と日系電池各社のつながりは殊更強い関係にある。このような状況を勘案すれば、韓国勢の車載用LIBは日系自動車各社を攻略するより、欧米系の自動車各社とのビジネスを発展させることの方に分があると言えよう。
韓国勢の有機ELとメモリー半導体の優位性は日本市場でも当面続くであろう。しかし、家電や自動車は日本市場では割が合わないので、欧米でのビジネスと新興国での開拓が圧倒的に有利となる。国や地域の事情に即したデザインや機能開拓する韓国製品は、そのビジネスモデルが大いに通じる。
逆に言えば、そういう韓国勢の家電製品に対し、日系勢の家電製品が世界市場で十分闘える製品戦略を構築しないと、日本国内の縮小していく市場だけでは生きていけないだろう。
幸いにも、中国人が日本製の家電製品を爆買いしたように、日本製品の機能や品質が新興国の人達にも浸透しつつある。そこを深耕する物語を、どこまで魅力的な作品を持ってして仕上げられるか、日本の家電業界にとって今後の大きな課題である。
Powered by リゾーム?