⑤半導体産業

 日本の半導体産業が隆盛を誇っていたのは2000年以前のこと、そこから20年近くが経過した。韓国から米国に留学し、半導体工学を学び、米国の半導体企業にて実績を出した人材が韓国に戻り、韓国の半導体事業をけん引した。その典型的企業がサムスン電子である。

 日本のエレクトロニクス業界が大幅赤字を出している状況を横目に、サムスン電子は先端技術開発を推進しつつ、スピーディな大規模投資を図る戦略を推進し、現在は米インテルも抑えて半導体事業で世界トップに上り詰めた。半導体開発の生命線である線幅の微細化技術ではフロントランナーを担っている。

 一方、中国における国内半導体産業は存在感がない。線幅微細化などの高度先端技術ではサムスン電子には追随できていないことが理由だ。それを裏付けているのが、サムスン電子が西安市で稼働させている最先端の半導体生産工場である。中国の技術力では、サムスン電子をベンチマークしたとしても簡単には付いて来られないことを実感していたからこそ、中国に先端工場を建設稼働させたのである。

 4月26日にサムスン電子が発表した2018年1~3月の第1四半期実績によると、半導体事業の売上高は20兆7800億ウォン(約2兆780億円)、営業利益は11兆5500億ウォン(約1兆1550億円)を叩きだし、営業利益率は過去最高記録の55.6%を達成した。半導体市場の活況を追い風に、収益力を急速に高めている。

 サムスン電子は、先端技術開発と大規模投資の2大武器をもって、昨今の旺盛な需要に対して価格を自らコントロールできる強いビジネスを展開している。成功に導くビジネスモデルの模範事例と言えよう。

 そういう意味では、ソニーの画像センサーも同様の強いビジネスモデルを展開している。他の追随を許さないレベルでの技術開発と性能品質を顧客側が認めていることで、この領域では独壇場にある。結果として、ソニーの好業績に大きく貢献している成長事業として君臨している。

 同ビジネスを虎視眈々と狙っている他の企業もひしめく中、ソニーとしては今後も世界をリードする強い成長戦略に磨きをかけているに違いない。参入障壁が高いビジネスの典型として、そして日本企業のモデルとして存在感を出し続けてほしいし、できると思っている。

⑥ 自動車産業

 さて冒頭に述べたテスラと関連する自動車産業であるが、内燃機関(Internal Combustion Engine :ICV)を主体とする事業と、エンジンの無いEVとで分けて考える必要がある。ICVの歴史は100年以上にわたり、日米欧韓にはグローバルにビジネスを展開する自動車企業がひしめいている。今や資本提携や技術提携が進む中、今更新規参入にはチャンスはない。

 ましてや、ICVカテゴリーに入るハイブリッド車(HV)は、トヨタやホンダが得意としているが、機械駆動と電気駆動を同時に制御する技術は一段とハードルが高い。だからこそ、2018年から強化された米国のゼロエミッション自動車(Zero Emission Vehicle:ZEV)規制や、19年から適用される中国の新エネルギー自動車(New Energy Vehicle:NEV)規制では、HVがカウントされない扱いを受けた。NEV規制導入にあたって、中国政府は「エンジンがある自動車では先進諸国を相手に戦えないから、EVシフトを後押し」と明確に表現した。

 その点、EVは部品点数も30%ほど少なくなりシンプルであること、これまでは世界大手の自動車各社が本格的に推進してこなかったことで、参入障壁は極端に低くなった。だから、テスラ社を始め、BYDや中国ローカル自動車各社が一斉にEVシフトへ向かっている。

 確かに、EV部品の調達やEV組み立ては参入障壁として低いのは事実である。しかし、生産地獄に直面しているテスラのように、大量生産という世界ではICVとEVの間に差はなく、同じハードルになる。更には耐用年数が15年程度要求される自動車では、EVも例外とは認められない。この長期にわたる安全性や信頼性、そして耐久性を考えると、これは実績値の高いICVよりハードルが一層高くなるほどだ。

 既存の大手ブランドメーカー各社がEV事業に参入するのと、いきなりEVから事業をスタートさせる新規参入組とでは経験値が大きく違う。自動車としてのあるべき設計、安全性・信頼性を構築する開発プロセス、そして長期耐久性を保証できる技術開発については、考え方や取り組み姿勢に大きな差があるようだ。

 中国が典型的リーダーとして国策としているEVシフトは、そこまで考慮すれば決して参入障壁は低くないのである。中国を中心として、自動車生産の経験がない部品メーカーまでが参入しているEV事業であるが、外観や初期性能だけではなく、本来の品質確保と長期信頼性や耐久性にも力を注がないと、化けの皮はいずれ剥がれることになろう。