(写真:ロイター/アフロ)

 2017年、サムスン電子はメモリー半導体の好況などにより、半導体の売上高が約6兆9000億円と過去最高の業績を達成した。その結果、世界の半導体業界を24年間にわたって支配してきた米インテルを売上高で抜き、半導体業界トップにまで躍進した。その対価として、半導体事業に従事する社員には基本給の400%の成果給が支払われたとのこと。成果給の規模感は日本では考えられないレベルである。

 しかしこの領域のビジネスは、半導体サイクル、あるいはシリコンサイクルとも称されるがゆえに、好況が続くという保証はない。そういう状況でも、サムスンは世界で先行し、最新技術を持つことで、価格競争に陥らないビジネス戦略を率先していることが功を奏している。

 例えば、韓国京畿道華城市にある最新鋭の第12工場。朝鮮日報によれば、ここには高価な半導体製造設備がびっしりと並んでいるという。天井にはウエハーを24枚ずつ積んだ円筒型のウエハーの格納容器(フープ)数千台がつり下げられ、列を成して動いているとのこと。このウエハーが、1カ月の期間に渡って500を超える工程を経て、スマホやノートパソコンなどIT機器に使用されるNAND型フラッシュメモリーとなる。

 華城市と言えば、サムスン電子の半導体工場が林立する拠点の代表格だ。筆者が2004年から2009年までの5年間、サムスンSDIの中央研究所に勤務していた京畿道ギフンおよび水原市からも近く、この一帯はサムスン城下町となっている。華城事業所の敷地規模は157万平方メートルにおよび、7カ所の工場でNAND型フラッシュメモリーとDRAMが24時間生産されているという。従業員は生産ラインの外部から遠隔によりシステムを操作しているだけで、完全自動化が図られているとのことだ。

 遡れば筆者がサムスンSDIに在籍中の2012年9月上旬のこと、トヨタ自動車副会長から日野自動車会長に移られていた岡本一雄氏を、サムスングループの視察にお招きし同行した。トヨタ自動車の副会長時代から、岡本氏とは懇意にさせていただいた経緯があったからだ。そのつながりがあって、トヨタ自動車本社、およびデンソー本社でのサムスングループの大々的な製品展示会が可能となった。トップ協議の末、わずか4カ月間の短い期準備期間で実施させていただいた。そのお礼的イベントとしての視察であった。

 ギフンの半導体最新工場と有機EL(エレクトロルミネセンス)、リチウムイオン電池等の工場をご覧いただいたが、当時でも半導体と有機EL工場は特別機密体制を敷いていた。岡本会長の視察時にも、同じサムスングループ役員である筆者にさえ制限がかけられ、半導体と有機ELの視察はままならなかったほど。それだけ、世界をリードする最新設備を有した工場であることの証しであった。

 サムスンは最新鋭の工場を持つだけではなく、研究設備の投資にも積極的だ。2017年4月には、華城事業所の近くにデバイス・ソリューション・リサーチ(DSR)研究所が完成したとのこと。1万5000人の社員のうち、修士号と博士号をもつ研究者1万3000人ほどが勤務しているという。サムスン電子は最近、データの書き込み、読み出し速度が早い磁気抵抗メモリー(MRAM)と称される次世代半導体、さらにはグラフェンや黒リンなどの新素材を適用する半導体開発にも力を入れており、そこに関わる人材を積極的に採用している模様だ。

リスクあっても就職で人気のサムスン

 このように、成果給の支給や研究開発環境の充実と最先端研究の推進、さらには昇進につながる成果主義は、サムスンの人材に対する求心力の大きさを示しているといえる。

 2009年9月、筆者はサムスンSDI中央研究所から本社経営戦略部門に異動と同時に、東京・六本木に逆駐在の形で勤務することになった。その直後に、サムスングループでは2020年の成長戦略を描き始めた。事の発端は、イ・ゴンヒ会長が「10年後のサムスンに既存事業は残っていないと思い戦略を考えろ!」と言うメッセージを掲げ、グループをあげて成長戦略を描くことになったからである。