企業の政治リスクを高める口先介入

 もう1つ問題になりそうなのが、先ほど少し触れた企業に対する口先介入です。トランプ氏は米国の雇用維持を公約に掲げており、海外への工場移転を計画する企業などを選挙期間中から非難し続けてきました。

 例えば、メキシコへの工場移転を予定していた空調メーカー、キヤリア(ユナイテッド・テクノロジー(UTX)傘下の企業)に対して「自分が大統領に就任した場合、キヤリアがメキシコで生産する製品に高率の関税を課す」(ブルームバーグ、11月30日)などと圧力をかけ、移転を阻止しました。

 さらに12月4日には、特定の企業でなく「製造拠点を(メキシコや中国など)米国外に移転する米企業の輸入品に対して新たに重税を課す」(ブルームバーグ、12月5日)考えを明らかにしました。

 最近は工場の海外移転以外にも口先介入が拡大しています。ボーイングに対しては、発注している大統領専用機の金額が高すぎるとして、キャンセルを示唆。またタイム誌とのインタビューでは、「医薬品価格を引き下げる。医薬品価格をめぐって起きている状況(注:新薬の価格高騰のこと)を私は好ましく思わない」(ブルームバーグ、12月8日)と言明しました。

 このような口先介入は、予期せぬ政治リスクに企業を晒すことになるため、望ましいものではありません。米国でビジネスを行う上での不透明感が著しく高まります。特にメーカーにとっては、製造拠点の海外移転によってコストを削減する策は封じられたも同然です。

 個別企業に懲罰的な関税を課すことは実際には法律上難しく、トランプ氏自身もブラフのつもりで発言しているのだと思います。しかし、そうはいっても名指しされた方は放っておくわけにいきません。この手法を続ければ、米企業はトランプ氏の発言に翻弄され、疲弊していくことになりかねません。

 今は株価が上昇しているため、手放しで喜んでいる市場関係者が多いようですが、トランプ氏の政策や政策以外の手法についてもう少し慎重に考えるべきでしょう。

トランプ政権を待つ3つのシナリオ

 最後にトランプ次期大統領の政権運営や政策の実行度合いに基づく3つのシナリオを紹介しておきます。

シナリオ1:議会がブレーキをかけ、適度に縮小されて政策が実行される。
・減税やインフラ投資は財政赤字が過度に拡大しない規模で実施。また保護貿易的な措置も緩やかなものにとどまる。
・経済成長は加速、株価は世界的に上昇。

シナリオ2:トランプ氏の公約に沿った規模で政策が実行される。
・巨額の減税やインフラ投資が実現。また米国はNAFTAから離脱。規制強化により米国から大量の移民が流出する。
・景気は一時活況を呈するも、財政赤字を懸念した金利上昇などから失速。株価は世界的に下落。

シナリオ3:トランプ政権が迷走、米政治は機能不全に陥るが、景気は底堅い。
・経験不足や議会との対立から政策は何も進まず、米政治は機能不全に陥る。
・ただし民間部門主導で景気はしっかり回復し、株価も底堅く推移する。

 シナリオ1が標準シナリオで生起確率45%。2が悲観シナリオで20%、3がその他シナリオで35%といったイメージです。