矢部:秀吉の奥さんの寧々さんにも優しい言葉をかけています。戦いで最も大事なのは兵隊、人ですから、締めるところは締めつつも、気を遣うところには遣っていました。
入山:近江商人も戦国武将も持っていた、人を大事にする心を日本企業が忘れてしまっているのはなぜでしょうか。
矢部:文明開化で欧米に目が向いたからでもあるし、QC(品質管理)手法など米国流のやり方を取り入れ過ぎたからでもあるでしょう。といったことを、入山さんもどこかでおっしゃっていませんでしたか。

合同会社おもてなし創造カンパニー代表。前JR東日本テクノハートTESSEIおもてなし創造部長。東日本旅客鉄道「安全の語り部(経験の伝承者)」。1966年、旧・日本国有鉄道入社。以後、電車や乗客の安全対策を専門として40年勤務し、安全対策部課長代理、輸送課長、立川駅長、運輸部長、指令部長の職を歴任。2005年、鉄道整備株式会社(2012年に株式会社JR東日本テクノハートTESSEIへ社名変更)取締役経営企画部長に就任。2011年に専務取締役、2013年同退任、おもてなし創造部長(嘱託)。2015年、同顧問を経て退職、合同会社「おもてなし創造カンパニー」を設立、現職。
入山:はい、講演をするときには必ず最後にこの話をしています。拙著『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』でも触れていますが、最近の経営学は科学分析的になってきています。
ただ、その科学的な研究の結果分かってきたのは、人間らしさ、人間くささを組織に取り戻すことが結局は一番大事だということなんです。これは本には書かなかったのですが…(笑)。ここで私が言う人間くささとは、具体的には、ワイガヤのオフィスや、経営者が現場に行くとか、タバコ部屋とか、そうしたことです。
矢部:なるほど。私たちの会社には、アラウンド還暦、アラ還の女性が多いのですが、私は彼女たちを職人だと思っています。この職人という考え方も、日本独特のものです。
「職人」という人たちは、頑固で融通が効かないといわれる一面がありますが、損得を抜きにしていいものを作ろうとする。そうした「職人」を大事にする文化が日本にはあったと思うんです。それを日本の大企業では忘れてしまっているんじゃないかと思う時があります。
でも『下町ロケット』ではないけれど、中小企業には職人が残っていて、その職人が、日本の技術や経済を支えています。そこでは、日本の文化が脈々と受け継がれており、日本の伝統、強さのベースになっているのだと思います。
入山:アラ還の女性たちは、何の職人なのでしょう。
アラ還女性は「おもてなしの職人」
矢部:おもてなしを追い求めるという意味での職人です。人を思う心のプロです。おもてなしというと、若い女性がするというイメージがあるかもしれません。恐らく滝川クリステルさんが東京五輪招致で展開したフレーズ「お・も・て・な・し」の影響もあるでしょう。
しかし、うちのアラ還の女性たちは、旦那さんが入院したので自分が働いて子供を育ててきたとか、両親の介護をしてきたとか、さまざまな辛い経験を積んでいます。しかも女性の場合は、自分自身のせいではなく、自分以外の人の理由によって人生の選択を迫られてきた経験が、豊富な人が多い。おもてなしというものを「相手の気持ちを思いやること」と定義するならば、そうした経験を持つ人たちの力は大きいと思います。
入山:若い人にはできない、と。
矢部:若い人にもできると思いますよ、でも、ある程度の人生経験がないと、本当に喜ばれるようなおもてなしはできません。お客様サポートの仕事はたいていそうでしょう。
入山:すると、アラ還の女性たちがいきいきと働ける職場をどう作るかが、これからの企業ではとても大事になると思うのですが、でも、アラ還の女性をマネジメントするとなると、難しいところもありますよね。
矢部:基本的には野放しですが(笑)、この人たちはこういう人たちなんだと最初から色眼鏡で見ないようにし、積極的に関与していくことが大切です。私は、怒るときには怒ります。怒るときには九州弁が出るので「何すっと、おまえ」とはっきり言う。普段は矢部ちゃん、矢部ちゃん、と言われていましたが、怒ると怖いとも言われていました。
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