なるほど!そうなんですね。

加藤:でも日本は違います。神話の時代から続く天皇家の血縁カリスマは抜群です。どこの馬の骨かもわからぬ知識人を官僚に抜擢して、貴族を牽制する必要はなかった。一応、日本も律令時代には中国にならって、科挙のまねごとをした時期もあります。奈良時代と平安時代には、日本版の科挙にあたる漢文の試験も行われました。でも毎回、受験生が少なすぎて、なし崩し的に制度がなくなっちゃった。日本史で、漢文の官吏登用試験をパスして大臣クラスまで出世した知識人はたった2人だけです。学問の神様になった菅原道真と、遣唐使となった吉備真備(きびのまきび)。科挙官僚が活躍した中国の歴史とは大違いです。まあ、そもそも国情が違うので、しかたないですね。

良い意味の漢字に「羊」が含まれるワケ

おもしろいですね。卑近な例で恐縮ですが、ラーメンとか餃子は日本に入ってきて、これほどまでにおいしく進化し、昨今の「爆買い」中国人も日本で食べ歩いているようですが、日本ではメジャーになれなかった(けれど、おいしい)本場の中華料理というのもまだまだたくさんありますよね。北方の中国人が好む羊のしゃぶしゃぶ料理とか。

加藤:物語のコンテンツ不足と同じですね。日本は江戸時代から蕎麦の屋台など麺類の外食産業がありました。肉食文化が導入された近代の日本に、中国のラーメンがスポッと入ってきて、それが日本人に受け入れられ、発展したというのがあると思います。

 中国人は、羊の肉が大好きですね。「美」とか「祥」とか良い意味の漢字に「羊」が含まれるのも、古代から中国人が羊の肉を好んだからです。羊の肉は独特の生臭さがあります。日本人や、中国でも南方の人は、羊の肉の臭いが苦手ですが、北部や西部の中国人にとっては、あの独特の臭いがいいらしいです。

 日本人が好むものは、たいてい日本風にアレンジすることによって、日本で生き残っているものが多いです。日本の麻婆豆腐は、中国の四川省の人が食べる麻婆豆腐とはかなり違う。本場では山椒など強烈な香辛料をたっぷり使い、辛いというより口の中がしびれて麻痺する感じですね。物語でも、『水滸伝』などは日本の作家にヒントを与え、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』の世界観に大きな影響を与え、現代にも残っています。

加藤先生の授業で中国の『白蛇伝』について勉強しましたが、この作品も日本に大きな影響を与えたと聞き、意外に思いました。

加藤:中国の『白蛇伝』は昭和の頃までは日本でもよく知られた物語でした。1956年の東宝映画『白夫人の妖恋』では山口淑子がヒロインを、八千草薫がその妹を演じました。58年公開の東映アニメ映画『白蛇伝』では、声を森繁久彌と宮城まり子が当てました。現在、世界的なアニメ映画作家である宮崎駿は、当時はまだ高校生でしたが、この東映の映画『白蛇伝』を見て感動して、のちにアニメ界に入るきっかけとなったといわれています。

『白蛇伝』と日本、そして宮崎駿とのつながりなんて、私は考えたこともなかったのでびっくりです。

加藤:宮崎駿の話はけっこう知られている有名な話なのですが、こうして考えると、中国のことであっても、遠い話ではなく、つながっていることなんだな、と思えると思います。古代ローマに「およそ人間に関係することで、自分と無関係なことは一つもない」ということわざがあります。その通りだと感じます。人間である以上、初期条件はみんな同じです。全然関係がないように思える話でも、実はその中から自分に役立つ教訓を得られたり、知らないうちに自分と見えない糸でつながっていたりするということですね。一例をあげると、今、私が穿いているズボンです。世界史上、最初にズボンを穿いたのは、古代ユーラシア大陸の遊牧民です。今の私たちはズボンを穿くとき、数千年前のユーラシア大陸のことなんて意識したことがないですが、世の中は知らない間につながり、絡み合っているということです。

すばらしいお話です。