そうなんですね。今の日中関係からは到底考えられないことです(笑)

加藤:なぜそこまで日本人が熱狂したかというと、やはりコンテンツの力ですね。貸し本屋とか書店とか、いわば箱物を作るのはけっこう簡単です。でも、本屋は何を売り物にするか。庶民層や中間層向けのコンテンツが、それまでの日本文学には不足していた。ですから、中国の『三国志』や『水滸伝』を輸入して、翻案することで、コンテンツ不足を補ったのです。余談ですが、1963年生まれの私の子ども時代(1960~70年代)は江戸時代とちょっと似ているところがあります。幼い頃、私が見ていたテレビアニメは(当時の日本語では「アニメ」と言わず「テレビまんが」と言っていましたが)、『トムとジェリー』とか『ポパイ』とか『チキチキマシン猛レース』とか、アメリカの作品が多かった。今でこそ日本はアニメ大国といわれていますが、当時は質でも量でも、国産アニメよりアメリカの作品のほうが優勢でした。江戸時代の書店も、高度成長期のテレビも、業界が立ち上がったばかりのころは、国産のコンテンツ不足を輸入で補ったのです。

科挙は究極の思想統制だった

なるほど……。江戸時代の日本人は中国の『三国志』や『水滸伝』を夢中になって読み耽り、60~70年代に子どもだった日本人はアメリカのアニメを見て育った。中国では80年代になってテレビが発達したので、コンテンツが足りず、中国人はテレビの黎明期に日本の山口百恵の『赤い疑惑』とか、NHKの朝の連続テレビ小説『おしん』を見てきた。中国で文化大革命後に初めて上映された外国映画は1979年で、高倉健主演の『君よ憤怒の河を渉れ』(中国語名:追捕(ジュイプー))でしたが、これは中国で大ヒットしましたね。アメリカも含めてですが、中国と日本はお互いに足りないものを補い、古くから影響し合っていたということなんですね。なんだか感慨深いです……。

加藤:そうですね。外国から導入するものと導入しないものが分かれる理由は、娯楽作品であれ、料理であれ、思想や宗教や政治制度であれ、みんな同じだと思います。自分たちの趣味嗜好とかけ離れすぎていてもダメ。かといって、自国にすでにあり余るほどあるものも競合するからダメ。「あっ、これだ! こういうのが欲しかったんだ」と思える外国のモノやコト、つまり自国の「ウォンツ」に合致する外国の文物は、水がしみこむように入ってくるのだと思います。

中国から日本に入ってくるものと入ってこないもの、という点でいえば、宦官、科挙、なども入ってこなかったですね。

加藤:詳しく説明すると長くなりますので割愛しますが、政治的に宦官の必要性がなかったことと、経済的にも宦官は男性を去勢してしまうことなので、人口が多くて経済力のある国でないと維持できなかったんです。また、平安時代の後宮にせよ、江戸城の大奥にせよ、中国の後宮より規模が小さかったので、宦官という特殊な労働者を使わなくてもやっていけましたし。

 科挙は、中国では6世紀の末から20世紀の初めまで歴代の王朝が行った官吏登用試験ですが、権力者にとって都合のいい制度なんですよ。「誰であれ、漢文のテストに合格したら、高級官僚になれる。セレブになれる」という甘い夢をちらつかせることで、志のある青少年は子どものころから親に受験勉強を強制される。自由に物を考える余裕も、テストの範囲外の思想に触れる時間もない。これは究極の思想統制です。

 それに、中国の皇帝は、日本の天皇や公家と違って血縁カリスマが弱いのです。中国の皇帝の血筋をたどると、開祖は無名の庶民だったり、万里の長城の外の異民族だったりする。そんな皇帝にとって、血筋の良い門閥貴族は、煙たい存在でした。だから、血筋と関係なく科挙の試験で知識人を抜擢し、官僚政治を行って貴族を牽制することは、皇帝の利益にも合致していたのです。