戦闘更年期婦人……おもしろすぎです! 日本に入ってきた作品と入ってこなかった作品には、それぞれに理由があるというわけですね。『三国志』、『水滸伝』、『西遊記』が受け入れられた理由について、もう少し詳しく教えていただけますか。とくに『三国志』は最近もゲームになるなど、その人気ぶりは本家・中国を凌ぐほどですよね。

加藤:中国の古典小説『三国志演義』はご存じ、劉備、関羽、張飛といった無名の男たちが、熱い友情で結ばれ、天下を取る物語ですね。14世紀、明の時代に完成した長編小説です。登場人物の中で劉備が最も人気がありますが、その理由は「判官贔屓」(ほうがんびいき)の心理です。日本の民衆は悲劇の最期を遂げた鎌倉時代の武士、源義経に同情する心理がありますが、最も小さな国、蜀の劉備にも同じように心惹かれました。曹操が弄する権謀術数も悪役ながら見事ですし、諸葛孔明の巧みな戦術も頭のよさを感じさせます。現代の人気漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』の三大原則は「友情、努力、勝利」ですが、中国の『三国志演義』は何百年も前に同様のコンセプトで、魅力的なキャラクターたちを創造しました。日本にありそうでなかった物語なので、江戸時代の庶民は、初めて三国志の物語に触れたとき、「これだ!俺たちはこういう物語を読みたかったんだ!」と興奮したのです。

個人的な話で恐縮ですが、私は『水滸伝』がいちばん好きなんです。中国で2011年に放送されたドラマを見て何度も号泣し、最終回はふとんに突っ伏して泣くほど感動しました(笑)

加藤:ええっ!? そうなんですか(笑)。『水滸伝』も日本人が大好きな物語のひとつですね。『水滸伝』のテーマは「替天行道(たいてんぎょうどう=天に替わりて道を行う)」という世直しの思想と、「四海之内皆兄弟」(四海の内は皆兄弟たり=人類みな兄弟)という博愛思想です。正直者が損をする上に迫害される。『水滸伝』のヒーローの多くは、正しい心を持つがゆえに、役人や悪徳富豪から疎まれ、罠にはめられてしまう。そんな彼らは「梁山泊」という湖のほとりに結集し、朝廷に反旗を翻します。これも、それまでの日本にはなかった発想の物語ですね。日本には、信長や秀吉のような大名が天下を取る話はありましたが、市井に生きる庶民が力を結集して腐った役人に反乱をおこすという、百姓町人目線の「世直し」の物語はありませんでした。そこで、江戸時代に日本になかった『水滸伝』を輸入したのです。 

 『西遊記』は何度もドラマ化されたりして、孫悟空のキャラクターも人気があるので、日本でもファンが多いです。魔法や妖怪変化(へんげ)がたくさん登場する作品ですが、まるで現代のロールプレイングゲームのように、それぞれのキャラクターの能力とか魔法のアイテムが決まっていて、しかも天竺というゴールも決まっている。それまでの日本にも和風のファンタジー作品はありましたが、『西遊記』のようにゲーム感覚で楽しめるコンテンツはなかったので、やはりこれも爆発的人気となりました。

江戸時代には空前の中国ブームが巻き起こっていたんです

これら人気3作品は、いつ頃、どのようにして日本に伝わってきたのですか?

加藤:古くは室町時代、中国に修行に行っていた五山の僧侶たちが日本に持ち帰ったといわれています。僧侶たちは中国の物語を“参考書”として読んで勉強していました。そこから始まり、日本の一般庶民に広まったのは江戸時代だといわれています。

 中国では14世紀、明の時代になると庶民レベルの文化水準が向上し、町の書店で娯楽のための書物が売れるようになりました。一方、日本では16世紀ごろの戦国時代までは、娯楽のために庶民が本を読むことは稀でした。庶民は貧しくて本を買えなかったし、文字を読める人も限られていました。

 しかし、17世紀、江戸時代になって太平の世が続くと、庶民階層の経済力が向上し、歌舞伎や落語、草双紙や黄表紙、洒落本といった読み本など、新しい娯楽が生まれました。江戸時代には、現代のレンタルビデオに相当する庶民相手の貸し本屋という商売も繁盛しました。余談ですが、現在のレンタルビデオ大手「TSUTAYA」は、江戸時代に貸し本や小売り、出版を手掛けた耕書堂こと「蔦屋重三郎」から名前を取っています。子孫ではないですけれど。

 江戸時代までの日本の物語は、『源氏物語』のような優雅な貴族の恋愛とか、鎧武者同士の合戦とか、庶民とはかけ離れた主人公の物語が多かった。しかし、江戸の長屋に住むくまさん、はっつぁんからしたら、『源氏物語』なんかケンカの場面も出てこないし、自分たちとまったく違う世界の話ですから、読む気も起きない。おもしろくないわけですよ。そこで、江戸時代の日本人は、自分たちより数百年も早く庶民階層の娯楽文化を確立した中国から、コンテンツを輸入したのです。江戸時代の俳諧師である松尾芭蕉も、李白や杜甫の漢詩文を学び、その趣向を俳句に入れました。江戸時代には空前の中国ブームが巻き起こっていたんです。