「日本まできて買ってくれるのはうれしいけど、彼らはマナーが悪い、うるさい、やかましい」。そんな感情を持つ日本人が「買い方が下品だ」という、“お客様に対するいちゃもん”の意味を込めて「爆買い」と名付けたのなら、そこには「売ってやっているのだ」という「上から目線」が含まれていたのかもしれない。

 私自身は、そんな日本人はごくわずかだと思っているが、現に多くの人から、そういう意味を含めた「爆買い」という言葉は嫌いだと聞き、「そういうふうに考える日本人って、やっぱり謙虚で優しいのだな」と思った。日本人が「上から目線に立っているのではないか」と危惧しているのだから。中国人的に考えたら、こんなに謙虚な国民はいないだろう。

 一方、中国側のメディアでも、同じ頃、まったく違う次元で「爆買い」という言葉は議論を呼んでいた。15年10月の国慶節(建国記念日)の直後、中国のSNS上には「日本での“爆買い”は売国行為だ。愛国的ではない」という書き込みがあふれたのだ。日本までわざわざ出かけ、日本で大量の買い物をするのはけしからん、と憤慨するコメントもあった。「爆買い」は日本から伝わった「爆买」(bao mai)として、中国語にもなっており、同じ意味で通じる。

 買い物できるだけのお金があるということに対する嫉妬と、日本(海外)に行けるということに対する嫉妬がない交ぜになっての発言だ。

 中国では「売国奴」は最大の侮辱表現だ。親日的な発言をしたり、外国に宥和的な発言をしたりすると、中国ではすぐに「あいつは売国奴だ」というレッテルを貼られる。以前に比べてこの単語の使用頻度はかなり低くなっているが、ネット上で議論が白熱したり、ナショナリスティックな話題になったりすると使われ、「売国」と「愛国」は、しばしばセットで使われる。単に海外旅行中に買い物しているだけなのに、「中国人なら日本で買い物しないで中国で買い物しろ!」と難癖をつけているのである。

 この書き込みを見て、私は以前取材した、出国者に対するイミグレーションの係官の言葉を思い出した。楽しげに出国する人に向かって、係官が「外国なんか行ったっておもしろくなんかないよ。行くのはやめな」と捨てゼリフを吐いた、という話を聞いて「まさか、そんなことを? 公務員なのに…」と思ったのだ。思えば、そこにもやはり妬みの気持ちがあったのだろう。

「貧乏人は “抗日”してろ。金持ちは黙って日本に行く」

 ネット上では国慶節中に日本で爆買いし、喜び勇んで帰国した人々のニュースのコメント欄に、ネットユーザーから「貧乏人は家で“抗日”してろ。金持ちは黙って日本に行くだけさ」、「爆買いしている人の悪口を書いているのは、妬んでいる証拠。日本旅行を罵っている人たちにお金と時間をあげて日本旅行をさせてあげたら、二度と『日本は嫌い』なんていわなくなる。つまり、彼らは日本旅行ができる人がうらやましくてしょうがないのさ」といった声が載った。SNSは便所の落書きかもしれないが、それでも議論があまりに白熱してしまったためか、国営メディア、人民日報は急きょ「日本での爆買いは愛国ではないとはいえない。日本人もかつては海外で爆買いを繰り広げていた」という政府筋の記事を掲載し、火消しに努めた。このように報道されるということは、中国でも「爆買い」という言葉を認め、この現象を正面から受け止めているということだ。とくに悪い意味で使っているわけではない。

 日本人から見た「爆買い」と中国人にとっての「爆買い」。

 いずれにしても行動を取っているのは中国人のほうなのだが、この言葉の受け止め方は、その人の中国や日本に対する考え方やイメージによって、大きく異なるのだということを、私は改めて知った。

 日本人の「爆買い中国人嫌い」の中にも、もしかしたら少しだけ(それだけの大金を使えるという意味で。本人は否定するかもしれないが)嫉妬の気持ちを抱いている人がいるかもしれないし、私が冒頭で書いたように、来日してお金を落としてくれる中国人を揶揄する人々を、同じ日本人として申し訳なく、心苦しく思っている人々がいるということなのだろう。

 「上から目線」というのは数年前の流行語となり、書籍にもなった、とても日本的な言葉だ。儒教の影響かどうかわからないが、相手と自分の「どっちが上か、下か」を決めたがる(あるいは、そう思って振る舞いたい)人々にぴったりの用語のような気がする。

 だから、GDPでは日本を抜いても、生活レベルの質という点でまだ日本には遠く及ばない中国と、GDPでは中国に追い越され、経済成長はもうあまり見込めないけれど、生活・文化の質という点で圧倒的優位に立っている日本の「どっちが上か? 下か?」といった、おおげさにいえば“アジアの盟主を競う攻防”が見え隠れしてしまう。こんなささいな言葉から、そういうことを感じるのは、私だけではないだろう。

 つまり、日本にしろ、中国にしろ「爆買い」という言葉には、双方が心の奥底で強く意識せざるを得ない、複雑な意味が込められているということだ。さて、読者の皆さんはこの「爆買い」現象と、この言葉を、どのように受け止めているだろうか?

 2015年、日本列島に巻き起こった「爆買い」の嵐。これは一過性のものなのか、あるいは「爆買い」はまだ続くのだろうか? 多くの日本人にとって気がかりなことだろう。
 「 再来一杯中国茶」の中島恵さんが、当連載の一部を元にして、中国人の考え方や、「爆買い」の日本人の受け止め方などを紹介している本です。

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