日本に出回っているスマホの9割に入っているといわれるLINEアプリ。簡単で便利なコミュニケーションツールとして広く認識されているLINEを、災害時にも使っていこうという動きが進んでいる。もちろんこれまでそうした動きがなかったわけではない。地震や大雨の際に友人や家族との連絡ツールとしてLINEを使ってきたユーザーは多いはずだ。今回、“チームぶら防”はLINE本社に潜入し、災害時のLINE利用について、新たな挑戦の萌芽を取材した。
LINEキャラ(ブラウン)と“防災の鬼”のツーショット
JR新宿駅近くのLINE本社に到着した“防災の鬼”渡辺実氏は、実はLINEユーザーではない。しかし、コミュニケーションツールとしてのLINEの威力は痛感しているという。
「2016年の熊本地震のとき、LINEで情報をやり取りする被災者は多かった。その現実を間近に見ていたからこそ、今日は本社にお邪魔する気になったんですよ。実は、1995年の阪神・淡路大震災のころに出された防災に関するアイデアで、なかなか実現できなかったものがあります。それがLINEの登場のおかげで一気に現実味を帯びてきた。今日はそうした時代の流れを見ながら未来の防災を占ってみたいと思っています」(渡辺氏)
ロビー階に到着した“チームぶら防”。おなじみのLINEキャラクターたちに出迎えられ、いやが上にもテンションが上がる。
迎えてくれたのはLINEの執行役員で公共政策室長の江口清貴氏だ。小脇にパソコンを抱えて登場の“ザ・IT業界パーソン”なのだが、語り口はざっくばらんで飾るところがない。
「2017年4月、LINEは熊本市と協定を結びましたね。その内容について少しだけご説明願えますか」(渡辺氏)
「2016年の熊本震災のときに、熊本市の職員さんたちが自らスマホのLINEを利用して市民への支援活動を行っている事例をいろいろなところで確認することができました。そうしたことを契機にして、さらに一歩進んだ形で連携することができればと思い、去年の4月に熊本市と弊社の間で『情報活用に関する連携協定』の締結にいたったわけです」(江口氏)
「2017年と18年に熊本市では、LINEを使った職員たちの訓練を行ったと聞いています。そこから見えてきた課題は?」(渡辺氏)
LINE&熊本市、訓練の内容とは
「2017年の第1回目の訓練では、職員の安否確認と参集訓練でLINEを使いました。普段から使い慣れているツールなので、使い方に関する教育コストがほとんどかかりません。また、特に初動での迅速で正確な情報伝達が可能であることがわかりました」(江口氏)
「警視庁の防災ツイッター(『フォロワー激増!警視庁のツイッターは役立つ?』『警視庁の柔らかツイッター、目指すは100万人!』参照)を取材したときにも思ったのですが、普段から使っているということがやはり大きい。大災害でパニック状態のときに、自治体が独自に作っている防災ページなんか見に行く人はいませんよ」(渡辺氏)
「2018年の第2回は、災害対策本部と避難所のコミュニケーション手段にLINEを使う訓練でした。特に熊本市の中央区では、電話がつながらないという想定でLINEだけで伝達をするという試みを行いました。参加してくれた方々にアンケートをとったのですが、そこからいくつかの課題が見えてきた」(江口氏)
使い慣れたLINEだからこそ、電話と同等にスムーズに情報を伝達できた。これについては申し分ないが、スムーズすぎるがゆえの欠点もあったという。
「LINEの伝達は書き込みに対するリプライで綴られます。例えば10人のグループがあるとして、Aさんの発言に対してBさん、Cさん、Dさんとリプライが続くと、Aさんの発言はタイムラインの彼方に押しやられてしまい、いちいちさかのぼらないとどんな内容だったのかわからなくなってしまう」(江口氏)
LINEをお使いの方なら納得できる現象だろう。友人との他愛ない会話ならそれでもいい。しかしこれが「市長からの伝令」だったらどうだろう。
市長「市庁舎に集まってください」
A「了解」
B「承知いたしました」
C「了解」
このようなやり取りが続けば、最初の「市庁舎に集まってください」が探せなくなってしまう。
不便を克服する仰天ルール
「10人程度のグループならいいけど、市役所職員全員が参加しているような場合はすぐに最初の伝令が見えなくなってしまいますね」(渡辺氏)
「だから、我々は『返事をしない』というルールを作りました」(江口氏)
「なるほど『了解禁止』というわけですね。そう考えると、便利なLINEもいいことばかりじゃない」(渡辺氏)
「もちろん万能ではない。だからこそ、LINEだけに頼るような提案はしません。いくつかあるツールの一つとして位置づけてくださいと説明します」(江口氏)
「ただ、便利さも不便さも、LINEと他のSNSの間に大きな差はないように思います。フェイスブックのメッセンジャーだってグループを作ることができるし、リプライを重ねれば最初の発言が後ろに追いやられてしまうのは同じ。となると、LINEとその他のSNSの一番の違いってどういったところでしょう?」(渡辺氏)
「人との位置関係でしょうね。手紙、パソコンのメール、フェイスブック、あといくつかあってLINE、その次にリアルの会話。この中でいうと、手紙が最も『形式張っていて』、LINEが最も『リアルの会話に近い』ということです」(江口氏)
真ん中に人、その周りにLINEやその他のSNS。イラストを使い、人とSNSの距離感を語る江口氏
「より日常的で本音が出やすい。形式張っていないのですぐに対応できる、ということですね」(渡辺氏)
「おかげで『ざっくりした情報』でも発信しやすいわけです」(江口氏)
「『◯◯地区がヤバイ』とかね」(渡辺氏)
ざっくり情報が初動の要
「そう、そのざっくりした情報がすごく大切なんです。LINEは写真も送ることができます。決壊した堤防、集まった複数の被災民、ケガの状況、倒壊の程度、文字や言葉で説明するより写真を1枚送ることで状況をすばやく、しかもよりリアルに伝えることができます」(江口氏)
「よくわかります。かつて阪神・淡路大震災があったときに、各交番の警察官に『被害の状況、被災者の状況を報告しろ』という命令がくだった。だけどいっこうに情報が上がってこない。なぜかというと、警察官たちは倒壊した建物の正確な住所や被災者の正確な数などをいちいち確認していたというんです。それがはっきりするまで報告できない。日常、警察官はそう訓練されているからしかたない。でもこれじゃ初動がどんどん遅れてしまう。おかげで被害を広げたとも言われています」(渡辺氏)
「そうしたときに、『ざっくり情報を写真で送れ』とすれば、LINEはすこぶる有用なツールとなるわけです」(江口氏)
「阪神・淡路大震災の時、神戸市は職員にビデオカメラを持たせ、災害があった場所を歩きながら映像を撮らせる、という試みもありました。その映像から地域の被害の状況をざっくり把握する。いったん大規模災害が起こると、119や110などに救助依頼が大量にくる。その全てに対応することは不可能です。そこで、職員の持ち帰った映像で被害状況をざっくり把握し、どこに何人の救助隊を送ればいいのかを判断する。そうした取り組みもかつてあったんですが、なかなか定着しませんでした」(渡辺氏)
「LINEを使えばそれをさらに大規模に展開できます。現在そうしたシステムの開発をまさに行っているところです」(江口氏)
「日常的に使っているからこそ、いざという時にも使いやすい。被災時のLINEの上手な使い方ってどういったところでしょう」(渡辺氏)
「逃げるときにはぐれてしまったら、自分がいる場所の位置情報を送る。また座標を指定できるので『ここで落ち合おう』などの情報交換も簡単です。また家族の血液型とか銀行口座とか、重要だけど案外覚えてない情報を『ノート』という機能を使って保存しておくと、家族やグループでの共有も簡単です(『災害時に役立つLINEの活用方法』参照)」(江口氏)
「簡単だとはいいますが、ゼロから訓練するとなるとけっこう手間です。でも日常使いのLINEだからこそすぐに手が出る。そこがいい」(渡辺氏)
「ですから我々も、『災害用のサービス』は開発しません。日頃から使っている機能を災害時にも上手に使ってください、というスタンスです。あと繰り返しになりますが、LINEだけに頼らないこと。複数のチャンネルのひとつとして考えておくことが重要だと思います」(江口氏)
取材を終えて渡辺氏は次のような感想を述べた。
「LINEだけに頼らないこと――江口さんのこの言葉は重要ですね。そもそも停電して電池が切れてスマホが使えなくなったときなどLINEも同時に無力化されます。地域の結びつきや自力で助かる訓練、努力を日頃から意識しておくことが大切なのだと思いますね」
この取材後、“防災の鬼”はLINEに登録した。
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