前回に続き日本航空 安全啓発センターを訪れた様子をお届けする。そこには1985年に起こった日航機墜落事故の検証結果などを中心に空の安全に関する展示品が並ぶ。“防災の鬼”渡辺実氏は展示されている事故に関する情報や遺品などに、いま議論している大川小学校(宮城県石巻市)事故など東日本大震災の『震災遺構』の保存運動に通じるものを感じとれるという。未だ癒えることのない東日本大震災の被災地。各地に残る震災遺構と航空機事故の傷跡に通底する「災害や事故の教訓を後生に残す」防災の思想とは。
1985年8月12日、日本航空123便は巡航高度2万4000フィートに到達する直前、伊豆半島東岸にさしかかる18時24分35秒に飛行継続に重大な影響を及ぼす異常事態が発生した。
安全啓発センターではボイスレコーダーに録音されている機長と管制塔のやり取りを知ることができる。
回収できたJAL123便のブラックボックス(右)とボイスレコーダー(左)
18時25分21秒──123便からトラブルが発生したため、羽田への帰還を求める旨が伝えられる。そして約3分後には「アンコントロール(操縦不能)」と機長。こうしたリアルな状況も再現される。
事故の様子を伝えるこうした情報は展示室の壁一面にレイアウト展示されており、案内を担当する日本航空の社員からも補足説明を聞くことができる。
来場者は20万人以上
展示室には遺族の方々が墜落現場で収集しここに提供された飛行機の一部や、持ち主のわからない時計なども合わせて展示されており、事故の凄まじさを今に伝えてくれる。
JAL123便の事故は、機体が異常な状態に陥ってから実際に墜落するまで30分以上の時間があった。乗客やクルーは生還の望みを捨てずに、しかし恐怖と戦いながらこの時間を過ごした。なかには自らの最期の言葉を書き残した人も複数名いた。
「幸せな人生だった」と家族に感謝する言葉を残した人。
息子に向けて「しっかり生きろ、立派になれ」と書き残した父親。
「スチュワーデスは冷せいだ」(原文のまま)と乗務員の気丈な振る舞いをメモした人。
これらの記録が遺族の許可を得て展示されている。
日本航空安全推進本部マネジャーの辻井輝氏が言う。
「当センターは第一に社員教育のためです。JALグループの全社員はもとより、社外の方々にも来ていただいております。これまでの来場総数は20万9000人です」
安全啓発センターでの研修をうけて思ったことを、全ての社員は手書きでメモに残し、そのメモは施設内の壁に張り出されている。
「もちろん全てをここに貼り出すためのスペースはありませんから定期的に入れ替えてはいるのですが、社長の言葉も張り出しここを訪れた人なら誰でも見ることができます」(辻井氏)
「このメモは大きな存在ですよね。実名がわかるように書かれていることも高く評価できると思います」(渡辺氏)
「またJALグループの安全教育のコンセプトのひとつに『3つの現』というものがあります。現場、現物、現人。現人とは実際の人という意味です」(辻井氏)
「わかります。御巣鷹山という『現場』で、このセンターに展示されている機体の残骸や、18時56分で止まってしまった腕時計。ちぎれた車のキーなどが『現物』ですね。そしてやっぱり人。ご遺族の方々に会ってお話を聞くこともそうだし、社員がこのセンターに来て、こうして手書きの言葉を残していくというのも『現人』の大切な現れだと思います」(渡辺氏)
「遺構をどう残すのか」の参考に
渡辺氏は続けてこう言う。
「今、東日本大震災の震災遺構がいろいろな所で問題になっています。自治体や学校側の責任が問題視されて裁判が続いている石巻市大川小学校の場合もそう。遺構として残すことは決まっているのですが、どういう形で残していくのか、何を残していくのかなど、大震災から7年以上も経っても細かいところはまだ全然手がつけられていない」
渡辺氏は『3つの現』の考え方が活かせると考えている
2011年3月11日に発生した東日本大震災。地震から50分後に三陸海岸から5キロメートルにある石巻市立大川小学校が河川を遡上してきた津波にのまれた。校庭にいた78人のうち74人の児童と校内にいた13人のうち10人の教職員が犠牲となった。校内の時計は津波に襲われた時間で止まっている。
「大川小学校の場合、現場に被災校舎という現物は残っています。あとは人です。ご遺族の方々とどのように合意を取り、遺構を訪れる人たちに災害の教訓をどう伝えていくのか。JALの安全啓発センターの言う『3つの現』の考え方がとても参考になると思っているのです」(渡辺氏)
取材の最後、辻井氏に対して渡辺氏は次のような質問をした。
「もし今後、JALの飛行機が事故を起こし、人が亡くなるようなことがあったとしたら、このセンターはどうなるのですか? もしかしたら閉鎖かな?」
「もちろんあってはならないことですが、万が一そうした重大事故が発生したとしても、我々はその事実から目を背けてはいけないと思っています」(辻井氏)
取材を終えて“防災の鬼”渡辺実氏は、天を仰ぎこうつぶやいた。
「事故はあってはならない。しかし、想定外の場所・時間・状況で想定外のことが起こるからこそ、地球上から事故はなくならない。ただ少しずつでも減らしていくことはできるはず。いや、減らさなければならない。そのためには徹底的な事故原因の究明、情報の公開、改善策の実施、そして事故を後生へ伝えることが必須で、ここ日本航空安全啓発センターの取り組みはその礎となっている」
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