合併時に多くの事故が発生していた

 「日本航空(JAL)と日本エアシステム(JAS)が合併する時期(2004年前後)に大小様々な事故が発生しました」(辻井氏)

 国を代表するナショナルフラッグであるはずの日本航空が、毎月のように大きな事故に繋がるかもしれない『重大インシデント』を発生させてしまう。

 この事実に国民は苛立ち、マスコミによる日航バッシングも強まった。

 当時の新聞記事を見ても事故の多さがわかる。

「無断離陸あわや追突 日航機緊急停止、1000m先に着陸機 千歳空港滑走路」

 2005年3月1日 東京読売新聞

 北海道千歳空港で、日航の飛行機が管制塔の許可なく離陸を始めた事故。1月に起きていたのだが、発表したのは2カ月以上あとだった。

「日航機尻もち着陸 乗客124人ひやり 福島空港初の旅客機トラブル」

 2005年3月23日 東京読売新聞

 伊丹空港を飛び立った日航機の2261便(ボーイング767-300型機)が福島空港を着陸する際、機体後部が滑走路に接触し、機体の一部と滑走路の誘導灯1個を破損した。

「日航機緊急着陸 重大インシデント、今年に入り7件目」

 2005年5月9日 東京読売新聞

 05年の5月までに起こった航空事故発生の恐れがあると認められる「重大インシデント」は7件。そのうち2件が日航のトラブルだったと報じる。

「航空トラブル:国内発着、日航グループが55% 際立つ発生率」

 2005年8月10日 毎日新聞

 1~6月までの航空機トラブルについてその55%が日航機だったと報じる。

 “防災の鬼”渡辺実氏も苦笑してこう言う。

 「実は私もJALとANAの両方に乗っていたのですが、JALの重大インシデントがあまりにも続くので、あの頃からJALに乗らなくなった」

 「実はそうしたお客さまが相次ぎました。当時、JALへの逆風は現場にいる私達にも肌身に伝わってくるほどでした。このままではJALが危ない。強い危機感から何をしても変わろう、変わらなければいけない、という思いが社内から沸き起こってきました。そして、評論家の柳田邦男先生を座長に、失敗学の研究で知られる畑村洋太郎先生、防衛大学の名誉教授で組織論と経営学の大家でいらっしゃる鎌田伸一先生、さらに社会安全研究所技術顧問の芳賀繁先生、ヒューマンエラーの研究家小松原明哲先生をお招きして、第三者委員会が設立されました」(辻井氏)

 第三者の見解は「失敗から学ぶ」ことに収斂した。

 そして2006年4月24日、安全啓発センターが設立されたのだ。

各パーツには事項調査のためのメモが残っている
各パーツには事項調査のためのメモが残っている

 後半はいよいよ実際の展示物にせまる。

■訂正履歴
本文4ページ目で、「柳田國男先生」としていましたが「柳田邦男先生」の誤りでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2018/7/9 13:30]
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