阪神・淡路大震災での電力供給は?

「1995年の阪神・淡路大震災のときも、すぐに現地入りしてメディア対応や被災地支援に奔走しましたが、あの時も大規模停電が起こり、電源周波数が乱れに乱れたことを思い出します」(渡辺氏)

 ここで渡辺氏に少しだけ、阪神・淡路大震災の発災時の電力供給について語ってもらう。

「1995年1月17日午前5時46分。兵庫県淡路島北部の地下16kmを震源とするマグニチュード 7.3の巨大地震が発生しました。最大震度は7。まさに未曾有の揺れが阪神・淡路地区を襲った。電気、ガス、水道、電話などいわゆるライフラインのことごとくが途切れ、被災者を苦しめたわけです。

 電気の話をすると、阪神・淡路大震災での停電は約260万軒。関西電力が電気を送り届けている全体の4分の1にも達しました。完全復旧するのにかかった日数は7日間。被災者は1週間も電気のない生活を強いられたわけです」(渡辺氏)

 当時の経験を踏まえた形で、現在の防災計画は作られている。

「以前は3日間の備蓄を!でした。しかし、阪神・大震災後は7日間生活できる分の水や食料、その他の生活物資を備蓄しろ。とにかく7日間生き延びろ。そうすれば電気がくる。日本中の自治体がこれをベースに防災計画を立案しているし、私もそう指導しています」(渡辺氏)

 この震災で、関西電力が所管する火力発電所35基のうち、実に3分の1以上にあたる12基が自動停止した。

「資料によると、当時の関西電力管内における電力の総需要量は1270万キロワット。これがいっきに940万キロワットに低下しています。つまり、ビルや住宅が倒壊して電気が使いたくても使えない状態になり、発電量が需要を大きく上回る状態になってしまった。おかげで関西電力の場合、規程の周波数が60ヘルツであるのに対し、震災当時は60.45ヘルツにまで上昇してしまった。まさに異常事態」(渡辺氏)

 そうした事態を少しでも減らすよう各電力会社の中央給電指令所は24時間、365日休まず稼働しているわけだ。

熱心に説明を聞く“防災の鬼”渡辺氏
熱心に説明を聞く“防災の鬼”渡辺氏

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