朝起きて台所の明かりをつけ、電気ポットでお湯を沸かしコーヒーを淹れる。テレビのスイッチを入れてニュースを見ながら、トースターの焼いたパンをかじる。何気ない日常だが、電気がなければ成り立たない生活だ。現代人と電気は切っても切れない仲である。と、電気のおかげで便利な生活を送っている我々だが、便利と不便は隣り合わせだ。今、電気の供給がいっさい止まれば人間は文明生活を続けることができるだろうか。今回は発電・給電・送電の要といえる東京電力パワーグリッド「中央給電指令所」を“防災の鬼”渡辺実氏がぶらりする。
今回は東京電⼒パワーグリッドの「中央給電指令所」に潜入
今回は、1年半前に起こったある事故を起点に首都圏の電力事情を検証する。
2016年10月12日の午後3時ころ。渡辺氏はマイカーを運転中だった。変哲のない水曜日の午後。空は清々しい秋晴れだった。練馬の自宅に差し掛かったとき、目の前の信号が突然消灯した。
あらかじめ種明かしをすると、埼玉県の新座市で起こった地下送電ケーブルの火災による大規模停電が原因だった。
内部から膨張し破裂した鋼管(経済産業省 商務流通保安グループ電力安全課の資料より)
テロかと思った
「東電施設から火災が発生しモウモウと上がる煙の中継映像を車内TVで見たとき、本気でテロかと思った」と渡辺氏は当時を語る。同じ年の4月には熊本県地震が発生している。この時も大規模な停電が発生した。ただ、現在の日本では災害や想定外の荒天でもないかぎり平時に停電することはあまりない。
目の前ですべての信号が機能を停止させたのだ。渡辺氏がテロだとカン違いするのも無理はなかった。
「埼玉県新座市の地下送電ケーブル火災は東京都心部で約58万6000軒の大規模停電を引き起こしました。東日本大震災等の影響により劣化の進展が促進された送電ケーブルの絶縁体破裂が火災の原因だったようです。調査の結果、同様の送電ケーブルが管内に総延長で約1000キロ以上あることがわかった。首都直下地震が襲えば、旧式の送電線はひとたまりもない」(渡辺氏)
現在、東京電力パワーグリッドは火災事故を起こしたものと同タイプの古い送電線を使っている4600カ所以上を総点検し、劣化が進んだ場所に関しては新しいタイプの送電ケーブルに取り替えたり、防災シートで覆うといった工事を急いでいる。当面の計画では東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年3月までに防災対策を完了。2046年3月までに送電ケーブルの取りかえの完了を見込んでいる。
「地震もない、大雨や雷があったわけでもない、ドカ雪がふって電線が切れたわけでもない。災害が起きていないのに地下に埋設したケーブルが燃えて停電する。首都圏だからこそ、地下ケーブルが集中しており、その分リスクも高いのだけど、やっぱり不安です。首都東京の送電事情はこんなにも脆弱なのかと、改めて思わせられた事故でした」(渡辺氏)
そもそも中央給電指令所とは
この事故を踏まえて、東京の送電設備のあれこれを聞くために東京都千代田区の東京電力パワーグリッドを訪れた。
迎えてくれたのは同社中央給電指令所長の堀内信幸氏と同じく副所長の滝澤栄氏、そして系統運用部給電計画グループマネージャーの松田隆司氏だ。
お三方が所属するのは肩書の中にもある「中央給電指令所」だ。聞き慣れない方も多いだろう。しかしこの施設こそ、首都圏の発電・給電・送電の要ともいえる存在だ。
大前提として、同所の概要を所長の堀内氏にうかがった。
「電気は水やガスのように貯めておくことができません。24時間、365日絶え間なく発電し、ご利用者まで届け続けなければなりません。発電所から様々な施設を経由して電気をお届けするために需要と供給を計画・観測し、電気の通り道を滞りのないように監視、また送電に関連する様々な情報を収集し関連事業者に伝達する。そうした任務を担っているのが中央給電指令所です」(堀内氏)
東京電力は1都8県。日本全体の面積からいうと1割にもなる地域を受け持つ。発電所から利用者まで、まさに網の目のように張り巡らされたネットワークを介して電気を送り届けているのだ。
政治経済の中心である首都圏は、日本全体のおよそ3分の1の電力を消費する。この膨大な電力需要に応え、滞りなく送電し続けることこそが電気の品質そのものといえる。
「電気の品質を保つことについて、もっとも重要なのは『需要と供給のバランス』を読み取ることだと思っています。そのために中央給電指令所はどのような働きをしているのですか?」(渡辺氏)
「おっしゃる通り、電気の使用量と発電量を等しくなるように調整するのが重要です。ではそのバランスを調整するために何をしているのかというと、発電量のコントロールです」(堀内氏)
目安となるのは周波数50ヘルツ
「目安となっているのが周波数です。電気の使用量と発電量が著しく食い違うと、周波数が乱れて電気を安定してお届けすることができなくなります。東京電力は50ヘルツを保つように調節します」(堀内氏)
発電所から変電所を経て一般家庭に届けられる電気は「交流」だ。プラスとマイナスが1秒間に何十回と入れ替わるのだが、この回数を表すものが周波数で、単位はヘルツだ。日本の電源周波数は静岡県の富士川と新潟県の糸魚川を境に東側は1秒間のプラス・マイナスの入れ替わりが50回、つまり50ヘルツで、西側が60ヘルツだ。
「明治・大正の時代。電力ビジネスがまだ発達していなかったころは、今よりもたくさんの電力会社があって、東側では欧州系の50ヘルツ。西側ではアメリカ系の60ヘルツの発電機を導入したんです。それがなぜか統一できないまま現在に至っている。いつか統一したほうがいいと思いますね。でないと東側で何かあって場合に西からも電気をもらわなきゃならないことがある。そんなときにわざわざ周波数を変換しないといけない。コストのムダだと思う。でもまぁ、これはまた別の問題だけどね」(渡辺氏)
右の壁一面で首都圏の電力供給状況がひと目でわかるELDAC
「我々は使用量と発電量のバランスが東日本の標準周波数である50ヘルツを保つように24時間、365日監視調節しているのです。時々刻々と変化する電気の使用量と発電機の発電状況、複雑な電気の流れなどを管理し、モニターやパネルでひと目でわかる仕組みを構築しているのです」(堀内氏)
電源周波数は大きすぎても小さすぎてもだめ。規程の周波数ではない電気環境で家電を使用すると最悪の場合はこわれてしまうこともある。そのためにも東日本は50ヘルツ。西日本は60ヘルツをキープしなければならないわけだ。
「夏はだいたい午後の2時過ぎに電力消費のピークがきます。冷房の使用がこの時間に集中するからです。冬は逆に暖房が電気の使用量を大きく左右する。夏の冷房は電気の最大需要の3分の1ほどを占めており、冬は4分の1ほどが暖房につかう電力です。曜日やお天気によっても時々刻々と電力使用量は変わってきます。これをわかりやすく視覚化してくれるのが最新のコンピューターシステムを導入した『ELDAC(エルダック)なのです」(堀内氏)
後半では、中央給電指令所の詳細な働きについて、さらに迫っていく。
■訂正履歴
記事のタイトルを、「電力供給の中枢『中央給電司令所』とは?」としていましたが「電力供給の中枢『中央給電指令所』とは?」の誤りでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2018/3/26 14:00]
Powered by リゾーム?