暴落の真相はいまだ藪の中ではあるが、ポンドドルやポンド円などのレートを提示する金融機関が一時的に市場から消えたことは事実だ。昨年1月のスイスフラン・ショックに次ぐこの騒動は「外国為替市場は最も流動性が高い」という伝統的な安心感に、強烈な疑義を突き付けることになった。そして今回のポンド暴落は、為替相場だけに限定されない潜在的なリスクを暗示しているようにも思われる。日本にとっても他人事ではないかもしれない。

「英国は腹を決めた」とEUは強硬に

 いま英国では、EU統一市場へのアクセス維持を求める「ソフト・ブレクジット(柔軟な離脱)」派の立場はさほど強くない。それは、EU残留の必要性を主張した人々の経済・市場の予想が大きく外れているからだ。そのせいか、同国の産業界・金融界の利害を代表するハモンド財務相の存在感は、前政権下のオズボーン氏と比べて段違いに薄い。そしてEU残留を支持したカーニー英中銀総裁も、離脱派の政治家らの強烈な圧力によって辞任寸前にまで追い込まれている。

 英国内の政治力学はいまや、産業界の味方とは言えないフォックス国際貿易相、デービスEU離脱担当相、ジョンソン外相の三閣僚によって操られている。企業経営者らは必ずしも強硬な離脱派ではないジョンソン外相の柔軟(あるいは狡猾?)な戦術に期待したいところだが、同氏の言動には一貫性がなく信頼性に乏しい。

 そうした政治的運営の下、前述の通りメイ首相は保守党大会において「リスボン条約に基づくEU離脱通告を来年3月末までに行う」と明言し、移民流入の制限と司法権威の奪回を重要な二本柱に置いた。EU統一市場へのアクセス維持は二次的な位置付けとされた印象が強く、経済的影響を懸念して妥協や残留への道を探ってきた人々の夢は打ち砕かれた。ポンド売りが殺到したのも当然だ。

 同首相は、EU統一市場や関税同盟から脱退するとは明言せず「ハード・ブレクジット」という言葉は適切でないと語りながらも、国民投票のやり直し要請や議会決議なしに離脱通告を行うことへの訴訟準備などの動きを「英国民を侮辱する行為だ」と斬り捨てるなど、「ブレクジットはブレクジットだ」というその強硬な姿勢を明確にしつつある。

 同首相の基本姿勢は「完全に独立したソブリン」という言葉に明確に示されているように思われる。そのためには、多少の経済的損失はやむを得ない、といった姿勢さえ窺われる。これをもってEU側が「英国が腹を決めた」と見做し、強硬な準備態勢を敷くのは明らかだ。

 それは、EU内に「英国の身勝手を許せば域内の分裂を加速する」との警戒感が強まっているからだ。ドイツのAfD(ドイツのための選択肢)やフランスのFN(国民戦線)など極右勢力に代表される「反EU勢力」の台頭は、時間を追うごとにその正統性への自信を喪失し始めた超国家組織としてのEUの弱点を蝕んでいくだろう。

 欧州には、分裂気味で効率性を失い人気低下中のEUよりも、自己主張を始めた国民国家で構成される欧州の方が、移民や難民、安全保障などの問題にうまく対応出来る、といった見方すら浮上しつつある。年末に行われる憲法改正を巡るイタリアの国民投票やオーストリアのやり直し大統領選挙、そして来年3月のオランダの総選挙などは、その重要なリトマス試験紙になる。ブラッセルも気が気ではない。