時代に応じて変化してきた中銀の目標設定

 先月中旬に豪州準備銀行(中央銀行)のトップに就任したロウ総裁は、今日の2~3%という高い物価目標は非現実的だとして1%程度に引き下げる可能性を示唆したことがある。さらに先般のアジア開発銀行(ADB)主催のコンファレンスで同総裁は、今日の金融政策のガイダンスは物価目標よりも金融市場の安定性の方が望ましいかもしれない、と述べている。

 ロウ総裁が就任早々にゴールの方向転換を行うとは思えないが、在籍中に政策の現実的な目標設定の見直しを行う可能性は決して小さくないだろう。そういう試みは、日米欧などの大規模経済圏ではなく豪州のような経済規模が適切なのかもしれない。思えば、1990年に一定の物価水準の達成を最初に金融政策の目的に据えたのはニュージーランド準備銀行(中央銀行)であった。

 中央銀行の目標設定が時代に応じて変化することは、金融史を辿って見れば決して珍しいものではない。物価目標だけに焦点を当てる手法は、時代遅れになりつつあるのかもしれない。黒田総裁の指令の下で行われた日銀の「総括的検証」は、その意味ではあまりに踏み込みが足りなかったように思われ、いずれその検証自体が再検証の対象になる日が来るような気がしてならない。