米国の約200の企業は、「国境調整」に猛烈に反対する「Americans for Affordable Products」というキャンペーンを始めた
年初来、米国株の強さが目立っている。先月はダウ、S&P500、ナスダックが連日のように最高値を更新、一部に慎重な見方を残しながらも景気拡大への期待を抱き続ける強気派が牽引する地合いの強さは、他国の市場を圧倒的に凌駕している。2万円を目前に足踏みが続いている日本株との好対照は、実に興味深い。
トランプ大統領が放った「驚異的な減税」発言が効いているのは事実だが、アップルの史上最高値更新やゴールドマン・サックスの10年ぶりの高値更新などに見られる株式市場のセンチメントには、着実に安定成長を続ける米国経済の腰の強さとその持続性への評価が反映されている、という見方もできるだろう。
米国の景気拡大局面は91カ月を超えてまもなく9年目に入ろうとしており、昨年10-12月期成長率は年率1.9%とやや低調で、2016年通年でも1.6%と2009年以来の低い伸びにとどまった。筆者は2017年も2%前後の成長と控えめに見ているが、トランプ効果を期待する強気派は、内需の盛り上がりを読んで2.5-3.0%の成長を見込んでいる。
市場への期待値分布は「ファット・テール」
確かに個人消費や住宅投資は底堅く、設備投資にもやや明るさが見えてきたことは事実であり、米国経済に重要なアップサイド・リスクが存在することは認める必要があろう。但し、同時にトランプ政権や欧州政治が撒き散らす深刻なダウンサイド・リスクにも同じくらいのウエイトを置いた方が良さそうに見える。その意味で、今年の米国株式市場への期待値分布はプラスマイナスの左右の膨らみが同等に厚い「ファット・テール(裾野の厚い分布)」だということも出来よう。
特にトランプ大統領に対する市場の見方に明確な裏表があることが、市場の先行き見通しを二分化させる要因になっている。減税、インフラ投資、そして規制緩和といったポジティブな経済政策の側面と、人種差別・性差別や保護主義方針そして支離滅裂な言動が生む実体経済への悪影響というネガティブな側面である。いずれにしてもまだ明確な影響を計測することは出来ず、投資家も中途半端な気分で市場を眺めざるを得ない。
それはドル円など為替相場の見通しにくさにも繋がっている。昨年末には今にも120円に届きそうになったドル円レートは118円で天井を付けたのち、今月には111円まで下落してドル高予想に水を差している。株価予想と同様に、為替相場でも円高派と円安派に真っ二つに分かれているのが現状だ(因みに筆者は依然として120-125年円程度の円安予想を変えてはいない)。
ただ、市場の一部に判然としないムードが漂っていることは気になる。一つには、景気循環の最終局面では慎重な見方が強まるのが通例のクレジット市場で米国ジャンク債人気が異様に盛り上がっていること、年数回のペースで利上げが予測されているのに債券ファンドへの資金流入が強まっていること、米国長期金利とドルがあまり連動しなくなっていること、そして金利高・ドル高予想が根強い中で金価格が上昇していること、などの現象である。これらは、今年の相場動向を占う上での重要なメッセージを孕んでいるようにも思われる。
米国の金利面では、年初の本コラムで書いたように(「2017年のカギを握る米国長期金利と米中関係」)、FRBの利上げ姿勢を恐れて長期金利が急伸するリスクに注視しているが、現時点では2.5%前後の推移に留まっている。株価が上昇する過程でも、機関投資家が債券を投げ売りするような気配はない。
但し今月、イエレンFRB議長の議会証言がややタカ派的であったことで、債券市場が3月利上げシナリオの復活を感じ取る場面があった。「待ち過ぎるのは賢明でない」との議長の発言に、それまで次回利上げは6月と読んでいた市場は3月への前倒しを警戒せざるを得なくなったのである。
穏やかであったはずの「イエレン気流」に変化が生じている気配はある。議長に続いてニューヨーク連銀のダドリー総裁やFRBのフィッシャー副議長も利上げへの前傾姿勢を見せたことで、市場にも「利上げ時期は思ったより近い」との認識が増えている。
但し、債券市場における長期金利の反応は限定的であり、むしろ金利が跳ねたところで機関投資家が買いに入る場面も見られている。賃金上昇率やコアPCEデフレーターは頭打ちであり、10-12月期GDPも1%台に留まったことなどから、3月に利上げ決定せねばならぬほど差し迫った状況にはないと見る向きが多いからだろう。
トランプ大統領の財政政策を検討材料にするにも、時期尚早である。4.5兆ドルにまで膨らんだFRBのバランスシートに関しても、同議長は「一定の利上げが完了するまでは再投資見直しには着手しない」と述べて現状維持の方針を示している。正常化に向かっているはずのFRBさえも、実は本格的な緩和からの出口にはまだ遠いのが実状なのである。
だが議長発言からは、過熱気味の株式市場や警戒感の薄い債券市場を甘やかし続けることは出来ない、とのニュアンスも読み取れる。3月は無理だとしても、6月まで待つことなく意表をついて「5月に利上げ」というシナリオが準備されている可能性は否定出来ない。
「トランプ乱流」に巻き込まれているホワイトハウス
さてトランプ大統領に目を向ければ、就任以来その政治リスクは高まる一方であり、ホワイトハウスが「トランプ乱流」に巻き込まれている印象は拭えない。世界中が驚愕したイスラム教7カ国からの入国禁止令に関しては司法当局からダメ出しを食らったが、大統領はその後も三権分立を無理するかのような言動を取り続けている。
人事面ではフリン大統領補佐官がロシア絡みで事実上更迭され、コンウェー米大統領顧問は「イヴァンカ・ブランド」の購入奨励で連邦規則違反の疑いを突き付けられた。フリン氏に代わって指名を受けたハーワード退役海軍中将は見解の相違を理由に辞退、また労働長官に指名されたパズダー氏も共和党内の反対に遭って辞退を表明するなど、まるでドタバタ劇である。
トランプ大統領自身も、イスラエルのネタニヤフ首相との会談で「2カ国共存にこだわらず」「エルサレムへの大使館移設」といった危険な発言を繰り返すなど、新政権の不安定さは一段と増幅中である。メイ英首相や安倍首相との首脳会談に比べ、格段に難易度の高い欧州や中東での協議における思慮無き発言は、大変なツケとなって米国に跳ね返ることだろう。
前述したフリン氏の更迭問題に関しても、大統領はまだ同氏を擁護する発言をしている。それはトランプ・プーチン両大統領間の怪しい関係への疑念を強めるだけの結果になっている。
それでも株式市場がこうした政治リスクにさほど反応していないのは、景況感が明るいことに加え、主要閣僚の顔が揃えばいずれホワイトハウスにおける異端者バノン氏や保護主義派ナヴァロ氏らの影響が弱まって、実務家を中心としたビジネス寄りの政策へと転換する、と考えているからだと思われる。
国家経済会議のコーン氏は直前までゴールドマン会長を務めた猛者であり、国務長官のティラーソン氏はエクソン・モービルの前会長、商務長官に指名された著名な投資家であるロス氏は実務家としての経験が長く、財務長官のムニューチン氏も小粒ながらウォール街出身者だ。こうした面々が米国経済に逆風となるような愚策を採るはずが無い、という市場の思惑が政治リスクへの警戒度を引き下げているのである。
米国企業も「二分化」する国境調整
だが大統領の減税策に盛り込まれるであろう国境調整は、大変な曲者である。日本からの輸出や米国に進出済みの企業には深刻な話なので、詳細に関しては会計の専門家に相談されるべきだが、大雑把に言えば法人税を付加価値税のように仕向け地での利益に課税し、輸入にはすべて課税するという方式だ。輸出企業を助成し、海外からの輸入を抑制する効果があることは一目瞭然だろう。
だが当然ながらこの課税方式では、海外から輸入して国内販売を行う米国内の輸入型企業にも大変なコスト増になる。今月、ウォルマート・ストアーズやギャップ、ナイキそしてトヨタ米国法人など約200社の企業が「Americans For Affordable Products」なる団体を設立して猛烈な反対キャンペーンを張っている。輸出シェアの小さい製造業にも、減税メリットは薄く原材料価格が上昇する分だけデメリットが増える。トランプ政権は、米国国民だけでなく米国企業までも「二分化」してしまいそうだ。
そもそもこの国境調整には、米国の高い税率を嫌がってアイルランドなど国外の低税率国に本拠地を移す「インバージョン」を封じ込める目的があったとされるが、同時に1990年代に欧州との「紛争」に敗れたことへの報復だという見方もある。
輸入へのハードルが高まることで対米輸出に悪影響が出ることを懸念する諸国は「明らかにWTOルール違反だ」との姿勢を強めており、特に貿易面での影響を危惧するEUでは「米国との全面対決も厭わない」といった声が上がり始めているようだ。当時米国が輸出業に補助金を与えているとしてEUがWTOに提訴し、米国が敗北した前例があるからだ。
米共和党は「EUに輸出補助金が認められ、米国に出来ないのは不公平だ」としてトランプ大統領を焚き付け、その怒りのパワーを借りてこの問題を蒸し返そうとしているのかもしれない。EUがこれに神経を尖らせているのも頷けよう。
税の専門家は、WTOルールに照らせば今回の米国の減税案は明らかに違反だ、と見做しているようだ。もし米国が「不公平を是正する」の一点張りで強行突破しようとすれば、カナダ、メキシコ、中国に続いて欧州までも敵に回す可能性がある。この問題に関し、何故か日本政府は沈黙したままだ。
国境調整はいずれドル高を招く
但し、対米輸出の減少で一番困るのはやはり中国だろう。2016年の同国対米輸出は全輸出の18%に相当する4100億ドルに達しており、GDPの3.8%に相当する規模である。輸出企業に従事する約1億2000万人のうち、対米輸出を主軸とする企業の労働者数は2000万人に上ると見られている。米中貿易戦争といった事態に発展すれば、それは中国の社会不安に直結しかねない。中国も高飛車には出られない。
他にも米国と中国双方への輸出依存度が高いベトナムやフィリピン、そしてインドやパキスタンといったアジアの国々も少なからぬ影響を受ける。それは間接的に日本経済にも波及するだろう。だがこうした国境調整がアジア経済を揺さぶり、世界経済への逆風になり得ることに対して大統領も共和党も、そして安倍政権も無頓着のままである。
また多くのエコノミストは「国境調整はいずれドル高を招く」と見ている。輸入コストの上昇が物価水準を引き上げてインフレ気味になる、輸出が増えて輸入が減り貿易収支が改善する、といったルートであろう。ドル建て負債の多い中国や韓国そしてトルコなどの新興国は厳しい逆風に遭遇し、ドル高が招く原油価格の割高感で景気後退に陥る国が出てくるリスクを指摘する声もある。減税策はトータルで見て、株式市場が夢見ているような米国経済への順風になるとは限らない。
またトランプ政権は先週、移民の強制送還対象を拡大する新たな措置を発表している。国土安全保障省は前政権下で黙認されていた不法移民を徹底的に追放する方針であり、約1100万人といわれる不法移民らの不安心理が増大、特に住宅市場を一気に冷却させるとの見方が急浮上してきた。
政策の大胆な方向転換によって、実体経済と資本市場に多大な影響が生じることは不可避である。プラスもあればマイナスもあるだろう。現在の米国株市場は目先のプラスだけを凝視し、ネットでマイナスになるリスクには全く目を向けていない。それは、2013年春に黒田日銀が放った「異次元の緩和政策」に対する当時の日本市場の浮ついた雰囲気と、どこか似ているような気がしないではない。
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