だがドイツ国内の不満を沈静化し続けることができるかどうかは微妙だ。ドイツ人記者からの質問に対して、同総裁は「ユーロ圏全体の物価安定はドイツにも有益だ」と述べ、低金利の負担への忍耐をお願いしたい、と回答しているが、ドイツでの物価上昇傾向が定着して南欧諸国での物価低迷との格差が顕著になった場合、そうした総裁の説明や要請ではドイツの忍耐を抑えきれないかもしれない。

 ドイツでは、ギリシア支援に対する不満が再燃するリスクも指摘されている。IMFが支援不参加となる可能性が強まれば、メルケル首相は改めて「IMF不在でのギリシア支援」を議会に問わねばならなくなる事態となる。

 因みにギリシアの成長率は改善しているように見えるが、国民の生活水準は悪化したままであり、一時は国民的英雄と称賛されたティプラス首相の支持率も急落している。債務再編無きギリシア再建が望み薄であることは、IMFの態度からも明白だ。同国支援を巡る議論は、難民問題と同様にメルケル首相の指導力低下に繋がる可能性もあろう。

欧州で読み直されているツヴァイクの著作

 こうしたECBへの不満やギリシアへの不信感は、ドイツ国内の「反エリート感情」に簡単に結びつく。トランプ大統領の就任式の翌日に、ドイツ南西部の都市コブレンツで欧州の「反EU」を掲げる政党が集結する初の集会が行われたことも、欧州を貫く不気味な風が吹き始めた証左である。2012年にユーロを救ったECBも、増幅し始めた主要国の政治リスクには無力である。

 いま欧州では、オーストリアの詩人ツヴァイクの『昨日の世界』を読み直す人が増えている、という。同書は、欧州の共通精神を理想に据えた著者が、第一次世界大戦という乱流やまさかの第二次世界大戦への突入という事態を前にして、自殺する数年前に記憶を辿りながら希望と絶望の交差を綴った遺作だ。心の痛み無くしては読めない自伝である。

 現代の欧州もまた、ツヴァイクが直面した憂鬱と向き合わざるを得なくなっているのだろう。それが当時と同様に、或いはそれ以上に、日本と無関係でないことは確かである。