大手企業の内定を断ってDJに

國井:大学卒業後になぜDJの道を選んだんですか。

マスイ:実は就活は順調だったんです。超就職氷河期だったのに、人気の大手商社や通信会社などから続々と採用されて仲間内では「内定キング」と呼ばれていました(笑)。当時はまだ珍しかった帰国子女で英語ができて、外見的にもやる気がありそうに見えたんでしょう。

國井:それを全部断って、音楽の道に進むことにしたのですね。

マスイ:音楽がやはり好きで、ある番組のDJのオーディションを受けたら合格したんです。四畳半二間に住んで、八百屋さんからホウレンソウの端をもらったり、肉屋からベーコンの油のところだけ100円で売ってもらったりしながら、男2人で暮らしていました。着ぐるみに入ったりとか、映画のエキストラで食いつないでいましたね。

國井:フリーランスとしての出発ですか。

マスイ:はい、それでも初年度はまだ出演オファーがあったのですが、3年目ぐらいに番組をクビになった。上達しないし、数字も取れないと。DJといっても、アナウンス学校も出ていなくて滑舌はイマイチだし、帰国子女で難しい漢字を読めない失敗もあった。それで今度は韓国クラブの寮の上の部屋に引っ越して、他からの出演オファーを待ちながら、暇なときはひたすら世界を旅して暮らしていたんです。

國井:その後はどういう転機が訪れたのですか。

マスイ:あるとき、有名なDJの方が病気になって、レギュラー番組に突然出演できなくなってしまった。それでスタッフから夜中に電話が掛かってきて、「来てくれ。あと10分で番組が始まる」というから、酔っぱらった状態で走って向かって出演して。

國井:そこからレギュラーになった。

マスイ:そう、給料も300倍ぐらいになって、韓国クラブの寮の上からマンションのペントハウスに引っ越しました。スポーツカーもいっぱい買って。極端ですよね。

國井:DJのお仕事が波に乗って、最終的に何年間続けたんですか。

マスイ:それから25年間ですね。

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