國井:それにしても多くのことを同時にこなされていますね。まさに「多動力」ですね。

マスイ:まさにそうです。DJの仕事は縮小していますけれども、街のデザインを手掛けたり、大学の先生もやりましたね。ほかにもニューロサイエンスのマーケティング会社の社長も務めています。渋谷区観光協会のインターナショナルアドバイザーという肩書もありますし、渋谷区の宮下公園に完成するホテルのコンセプトデザインも一部手掛けました。

國井:ホリエモンが『多動力』という本のなかで、何かひとつのことを1万時間やれば、100人に1人の人材になれるが、それをかけ合わせればもっとレアな人間になれると指摘しています。つまり、2つの分野に取り組めば、「100人に1人」X 「100人に1人」 = 「1万人に1人」。昔はひとつの分野に一生懸命取り組むことがよしとされ、自分も満足したけれども、これからの時代はさらにいろいろ掛け合わせることが必要で、例えば4つほど専門分野を持っていればもう100万人に1人の人材になれると。ケンさんのように複数のジャンルを行き来できる人材が、これからの日本社会にはもっと必要だと感じています。まだ日本では、ケンさんのような存在は一種の「変わり者」ですよね。

幼少期を過ごしたアメリカの影響

マスイ:それができるのは、アメリカで育ったことが大きいかもしれません。父が新聞記者としてワシントンに駐在した関係で、私も合計10年ほどアメリカで過ごしました。1ドル360円の固定レートの時代です。父は音楽も好きで、記者だということを口実にどこにでも入っていくというような人だったんです。メディアへの憧れは父の影響ですね。

國井:その原体験がケンさんを作ったのですね。

マスイ:マイケル・ジョーダンというバスケットボールのトップ選手がメジャーリーグに挑戦して三振したりするわけですよ。お金もあって、名誉もあって、失敗したくない、けがもしたくないはずなのに、果敢にバッターボックスに立って三振するというあの潔さ。それを受け入れるアメリカという国の器の大きさ。中田英寿君はサッカーをしながら簿記の勉強をしていたと聞いています。日本ではその部分がクローズアップされることはなくても、アメリカだったら「チャレンジャーだ」と評価されるわけです。

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