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町は変わっていく「生き物」

國井:次の時代は、新しい発想で若い世代の人たちを中心に創る。それを邪魔しないよう、邪魔されないよう、先達は弾よけになってあげるんですね。素晴らしい。

 実はこちらに来る前に、東京の大学で講義をしてきたんですけど、アフガニスタンから来た大学院生の留学生もいて。アフガニスタンでは、村の長老が何でも決めてしまって、若い人の考えや意見はなかなか聞かれず、新たな発想や革新的な考え方は出にくいと言ってました。その留学生は自分の国を変えたい、良くしたいとの希望に満ち溢れているし、知見も海外で増やしているわけですから、そんな若者が荒廃した祖国の国造りに積極的に関われるような社会にしなければならないですね。

 状況が違うにせよ、女川では若い世代が積極的に入り込んで、夢をふくらませながら計画、実行している。素敵ですね。復興を夢みながら勢いで走るっていうのもいいじゃないですか。人間って夢や希望や目的があれば、困難な道でも前に進もうとするじゃないですか。逆に夢がなくて、ただ多難な途だけ見ていたら進む気を失います。

 被災地や被災者がかわいそうだから復興支援に関わろうという人が多いと思うけれど、復興段階になったら、それだけじゃなくて、そこに美味しい食がある、こんな場所がある、アートがある、といった魅力にひかれて現地を訪れて、それが復興や振興につながるといいと僕は思っています。私もチケットをもらったので行ってきたんですが、ミスターチルドレンの櫻井和寿さんや小林武史さんが宮城県でやっているap bank fesとReborn-Art Festivalがそうですよね。宮城でアート・音楽・食の総合フェスティバルを開催して、多くの人々にこの土地の魅力を伝えていく。そういう意味で女川の売りはどこでしょう。

須田:きっかけとして食などのコンテンツは必要ですが、場として人が能動的に楽しみを生み出せる空間になっているかどうかが一番重要だと考えています。

 例えば、事業再開にあたって、エレキギターを作る工房、オーガニックソープ、スペインタイルなど、新しいチャレンジがどんどん出てきた。伴走して応援できる町になったんです。女川では町が予算を出して、NPOに創業プログラムを実施してもらっています。ただし、参加者が創業するのは女川でもどこでもいい、としています。結果として、ここは面白いと感じてくれたらここで創業するでしょうし、ほかで創業したとしても女川で学んだことでネットワークができているわけですよ。女川町に住んでいても住んでいなくても、みんなが財産としてつながり続けて町を動かしていくことこそが、これからの地域の生き残り方としてはものすごく大切だと思っています。

國井:なるほど。女川から新たな事業が次々に生まれていく。わくわくしますね。

須田:だから今、女川町にすごく大きな可能性を感じています。まさに場としての在り方と、その場の空気感。小さな町でスタートアップがたくさん生まれたし、会社の研修で来られる方もすごく多い。

 町は変わっていく生き物です。時代とそこに生きる人、集う人によって作られ変わっていくものです。女川はずっと水産の町だったけど、一方でにぎわいや町の表情をつくっていくのは商工業だったりするわけで、将来の屋台骨はほかの産業かもしれません。誰かが種を植えていい芽が出てきたとき、その芽をみんなで伸ばして花を咲かせてあげれば、産業に育つかもしれない。そんな種をいっぱい植えたくなるような土壌としての町をつくっていきたいと思っています。この女川という場の多様性が重なり合ったときに生まれる力を、ぜひ皆さんに体感してもらいたい。来ていただくことでまた新しいつながりが生まれて、さらなる多様性が生まれるでしょう。

國井:女川は来るたびに進化していて、僕も元気をもらっています。これからも僕はここに何度も足を運んで、その進化を見続けたいと思います。そのときはまた美味しいものを食べながら、いろいろ話を聞かせてください。町長はプロ級に歌も上手なので、是非一緒にカラオケも。

 今日はありがとうございました。

(構成=佐々木恵美)