現地政府の「肩を揉む」

紀谷:現地政府は自分でできると言うけれど、なかなか自分の手足もコントロールできないというのが現実。ただ、そこも含めて、政府の肩を揉むというか、相互理解を深めることが大事になる。結局、中央政府の人も州知事もプライドが邪魔をするのだけれど、やっぱり住民が治療を受けられなくて死んでしまうという事態は改善させなきゃいけないわけで。

國井:肩を揉むという表現……言い得て妙ですね。

紀谷:やっぱり、まあ、人により国によりなんですけれども、政府は賛成できないことをやることはよくあるし、けしからんと思うことはあったとしても、でも、じゃあ、彼らもいろいろな過去の教育とか経験とかからいろいろな制約があって、どんな先進国ですら政治的な判断で間違うことはあるわけですよね。彼らも時にはそういう間違いをする。

 だけど、間違いをしたときにも、我々は金を持っている側の対応として、間違いをした、けしからん、制裁だ、それを正すまでは支援をやめる、正したらお金をやる、と。それこそ、箸の上げ下げまで、こうしろ、ああしろ、全部チェックリストを作って、マトリックスを作って、これを全部やれ、というと、手足を全部押さえられた感じで、やる気がなくなっちゃう。

國井:まさに。

紀谷:これではもう新植民地主義をやるしかない。じゃなくて、あなたの気持ちはよく分かると。うん、まさにもう、あなたが成功するように、国民が幸せになるようにと私も思っていると。じゃあ、一緒にどうすればいいか考えようと。私はあなたの味方だと。味方だけれども、ちょっとそのやり方だと、あなたが言っていることが実際には実現できないんじゃないか。あなたが言っている気持ちは本当にその通りだけれど、と言って寄り添う。

國井:これ、まさに日本的なアプローチだと思います。イギリス、アメリカのような戦略的な、または理想を追った援助とはかなり違う。

 私も世界各地の支援の現場で、様々な支援の方法を見てきましたけど、日本のやり方は押し付けでなくて、現地で現場の人と一緒に悩むんですね。一緒にこう悩みながら、そうだよね、いや、大変だよね、これはしょうがないか、でも、ここはもうちょっとこうできるんじゃない……って感じで、一緒に悩みながら前に進めていく。結構、これが現地の人にやる気を起こさせたり、自立を引き出したりするんですね。

 欧米的なロジカルな管理手法、例えばPCM(プロジェクト・サイクル・マネジメント)では、原因と結果を検討しながら、リザルト・チェーン(資源を投入して、そこからどのような因果関係のある因子を経て、最終的な成果が出せるのかを明らかにしたもの)を理解してそれを基に介入をして、プロジェクトを管理すればうまくいく、などの考え方があるけど、最近は欧米でも理詰めだけじゃダメだというのが分かってきているように思います。

 だから紀谷さんが言ったように、相手の事情を理解してあげて、一緒に悩みながら、大変だね、まあまあと相手の肩を揉んであげる、そして少し休んだあとに、またこれをやってみようかと、一緒に考えながら前に進んでいく。僕はね、そんな日本のやり方、好きですよ。問題の解決方法は外部の人が教えるんじゃなくて、現地の人が自分で考えて見つけていくもの。外部の我々は上から目線で「教える」んじゃなくて、ポイントは「聞く」ことじゃないかと思うんです。現地の人々の声を聞きながら、そこで一緒に悩みながら、自分たちで本当の解決方法が見つかるように、そして自分たちでやる気をもって、彼らが自分たちの力でできるように、でもこうしたやり方はどうとか、こんな方法もあるよと助言したり、実際にやり方を見せてあげて、寄り添って、一緒に歩んでいく。この「カタリスト」の役割って重要なんだと思います。

まず聞き、伝え、寄り添う

紀谷:私も南スーダンで大使を2年半やっていて、一番ありがたがられたのは、話をしっかり聞いたことですね。

 みんな、問題があると指摘したがる、処方せんを示したがる。本当は何か分かってなくても、これがいい、あれがいいといろいろな解決策が次から次から提示されて、それができないお前はだめだと決めつけられる…。

 そんな中で、まず聞いてあげると気も収まるし、関係も深まって、こちらの声も届くようになる。

 私が彼らに伝えたのは、国際社会をうまく使わないとあなたたちは成功しないよ、ということです。いや、むかつくこともあるだろう。腹が立って、けしからんと、分かってないのにと思うこともあるだろう。ただ、あなたたちはお金がないよね、人もいないよね。だからその先進国、ドナーが気持ちよくお金を出してくれないとあなたは成功しないよ、と。

 日本もそういう時代があった。もうともかく、そういう中を臥薪嘗胆で頑張って、歯を食いしばって、逆にそういう相手を使うつもりでやっていって、初めて自立できるようになった。だから、我慢のしどころだと。日本の明治期は魑魅魍魎の帝国主義時代。軒並み植民地にされてしまい、逃れたのは日本とタイとエチオピアだけだった。

 そういう厳しい時代をどうやって生き延びたかというと、当時、やっぱりそういういいアドバイスをしてくれた国なり人なりがいたから、そして自分たちがしっかりしたから。今困っている国の人たちに、かつて困っていた日本が、悔しい気持ちも共有しながら、その国がつぶれないようにいいアドバイスをして助けてあげる。

國井:日本が世界から信頼される国になるには、そんなアプローチも大事ですね。

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