40カ国に普及する母子手帳

横倉:難民の方々がパスポートがないときに、母子手帳をパスポート代わりにされるようなお話を聞いたことがあります。母子手帳が普及しているのは40カ国ぐらいですが、あれを世界中の子どもたちに持ってもらうような仕組みはつくれないかと考えています。

國井:はい。素晴らしい考えだと思います。やはり日本の母子手帳というのは記録という意味でもそうですけど、3歳までに受ける必要がある予防接種などの色々なサービスのチェックができる内容になっている。また学校保健の立場から言うと、成長曲線を追い続けることができる。

 今のこの母子手帳でサービスを広げていく案には賛成なんですけれども、今ある別のサービスとどのように統合していくかということとも今後は考える必要があると思います。出生届から子ども時代の3歳まで、5歳までに重要な保健サービス以外に、小学校や中学校に入ってから、思春期、産前、妊娠中、産後の時に起こった健康問題、受けた保健サービス、さらに死亡届に至るまで、長い人生のすべてのデータをうまくつなげていく。そこに日本のIT技術などを活用すれば、いいパッケージができるはずです。

横倉:まあ、ぜひ、またお知恵を。

國井:この度は1年間の世界医師会長のお務め、本当にお疲れさまでした。東京での世界医師会長の就任パーティー、ジュネーブ出張の際の世界医師会長としてのお仕事、アイスランドでの退任式前のニューヨークでの国連総会などご一緒させて頂く機会があり、横倉さんのご活躍はところどころで拝見させて頂きました。大変なお仕事だったと思います。この一年間を振り返って印象に残っている仕事、また率直な質問で失礼しますが、成果は何だったのでしょうか。

横倉: 昨年12月に東京で開催された「UHCフォーラム2017」で、世界の保健分野のリーダーと共に世界医師会会長としてUHCの支援を表明したことですね。日本政府、WHO、世界銀行、ユニセフなどが共催したこのフォーラムを通じて、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC=すべての人が受けられる適切な保健医療サービス)が世界各国の保健政策目標になったと言えます。そこに貢献できたことは感慨深いものがありました。

 また、このときにWHOのテドロス事務局長との間でUHC推進に向けた両団体の協働を目指したMOU(覚書)の締結に合意し、4月にWHO本部で調印いたしました。このMOU実践のために、来年6月のG20開催にあわせて「Health Professional Meeting:H20」の会合を予定しています。また、9月には第3回NCDsに関する国連総会ハイレベル会合のスピーカーに世界医師会会長として招待され、メンタルヘルスと「Well-being(すべての人の豊かな生活)」をテーマに発言する機会がありました。会長任期中に世界医師会のプレゼンスを高めることができ、大きな成果だったと自負しています。

國井:ではもう一つ、大変だったこと、ご苦労は何だったのでしょうか。

横倉:安楽死に関する議論ですね。世界医師会では「安楽死に関するWMA宣言」の中で、安楽死は倫理に反するものと位置付けております。しかし、113加盟各国医師会の中には安楽死を合法化している国があることから、そのような加盟国医師会から同宣言の修正案が提出され、世界医師会の会合で議論してきました。

 その一環として、ラテンアメリカ、アジア大洋州、欧州、アフリカの各地域医師会の会合で「End-of Life」(終末期医療)Questionsをテーマにシンポジウムを開催しましたが、アジアでは家族、地域共同体の結びつきが非常に強固で、欧米諸国で発達した自己決定という考え方が必ずしも十分に浸透していないことがうかがえました。安楽死をめぐる議論の中で「医療とは何か」という根本的な問いかけも浮上し、この点については今後も継続した議論が必要という結論に至りました。この議論の展開は、会長として苦労したことの一つでありました。

國井:そうですか。大変なご苦労だったと思いますが、様々な国や地域の言い分を聞きながら、じっくり対話をしながら合意に持っていく。まさに横倉会長のリーダーシップが必要な案件だったと思います。

 本当にこの1年間、お疲れ様でした。これからも日本の医療、そして世界の医療の進展のためにご尽力ください。本日はありがとうございました。