迫られる東京五輪の感染症対策

横倉:日本は今、海外から年間に5000万人の観光客を入れようということで、特に東京オリンピックのときは感染症対策が大きな課題になります。アジア大洋州医師会連合(CMAAO)を4年前にフィリピンで開催したときにもこの結核菌の話が一つのテーマになりました。

 実は医学開発について今まで国が顕彰する組織に対しての賞がなかったんですよ。そこで昨年、医療開発大賞というものを総理にお願いして、総理大臣賞を創設してもらって。その2位の健康対策本部長賞にその大塚製薬を表彰しようということになりました。

國井:素晴らしいですね。結核などの感染症は特に途上国では大問題でも、先進国ではあまりニーズのないものでは民間企業に研究開発意欲がない。そのため、新薬がなかなか世の中にでてきません。ですから、デラマニドのような薬は世界の公共財だと思って大切に使う必要があります。

横倉:これだけグローバリゼーションが進んでくると、特に感染症はどこから入ってくるか分からないんですよね。

國井:多剤耐性結核の死亡率は高くて、治療の成功率は50%程度です。さらに高額の治療費がかかりますが、フィリピン、中国、インドネシア、インドなど、日本の企業などが進出している国に多く流行しています。対岸の火事ではなく、世界の感染症対策は日本の対策になることも忘れてはならないですね。

横倉:そのときの備えをしておかないと。

國井:日本の技術には素晴らしいものがあるので、その技術を活かしてグローバルヘルスでも貢献して欲しいと思っているのですが。

 一つの問題点は、アメリカやイギリスは途上国に多くのルートがあるから、その現状やニーズを十分に理解した上で開発をして、それを現地で戦略的に広げることができる。日本はそのルートがなく、戦略性にも乏しい……。

横倉:下手でしょう。

國井:せっかくいい技術があり、製品開発できても、それをなかなか広げられないんです。政府開発援助ODAと日本の技術・製品の輸出、民間の海外進出などは、現地の経済開発や人間開発のためになるものであれば、どんどん一緒にやっていいと思っています。アメリカ、イギリス、フランスなどの国際援助は官民連携の名の下に、自国の企業・民間を活用し、それらの技術や製品などを現地で普及したり適用させたりすることがよくあります。

 例えばイギリスの援助機関はボーダフォンと一緒にアフガニスタンなどで通信や電子マネーなどの普及を行っているんですね。そこにまったく存在しなかった通信技術や電子マネーなどのシステムを一気に広げるわけで、それが現地のニーズや状況に合っていればその国にとってもいいわけです。援助は基本的に無償でやるものだと思いますが、現地が「もらって当然」と考える「援助慣れ」も引き起こすこともあります。政府が有償で、低金利で援助した資金を返してもらうというものもありますが、世界のビジネスチャンスを見ながら、現場の民間セクターも活性化して、無償や有償の公的援助と民間企業の技術を連携させながら、現地の人々の生活に役立つ支援をしていく。ウィン・ウィン関係ですよね。そういうものを戦略的に考えていく必要があると思っています。

横倉:日本はそこら辺はどうなんですか。

國井:今、ODAでは盛んに官民連携を促進して、民間との連携が高まっていますが、保健医療分野では日本の技術・経験を考えるとまだまだ官民連携で世界に貢献できることがあります。民間企業のほとんどは日本国内が精一杯で、アジア、欧米まではある程度理解できますが、アフリカまで視野に入れられる企業はごくわずかだと思います。CSRの枠を超えて、コアビジネスが世界にどれだけ貢献できるのか、国際的にビジネスと開発を考えられる企業が増えて欲しいと思いますね。

アフリカで進むICTサービスの普及

横倉:通信技術のイノベーションは安全性は確認しながら、医療に導入していく必要がある。そうしないと、医療だけ置いてけぼりになってしまう。

國井:実はアフリカにはインフラや技術が元々ないところが多いので、逆に援助や民間の動きが活発化すると急速に広がることがあります。例えばルワンダでは1994年に100万人近い大虐殺があって、ゼロの状態、いやマイナスから国づくりがスタートした。ところが国民性として勤勉で努力家だったことに加え、大統領の強いリーダーシップでICT、高付加価値農業、観光の三つを選択し、集中して努力してきた。その結果、近年ではルワンダと言えばIT立国と呼ばれるほどに成長して、外資系企業も進出し、国内のベンチャー企業も多く立ち上がっています。一つの好例がドローンの活用で、輸血用血液の輸送サービスがルワンダで始まり、「救命ドローン」として有名になりました。それが他のアフリカに広がり、アメリカにも逆輸入されるというニュースもあります。途上国では先進国にあるような規制や既成概念がなく、新たな発想でスタートアップができるチャンスがあると思います。

 グローバルファンドの私のチームでもオスロ大学などと連携・協力して、アフリカ20カ国以上にITを利用した保健医療情報システムを広げています。できるだけ単純でわかりやすく、誰にでも使える、オープンソースの情報システムです。インターネットがつながらなくても活用できる方法があり、つながればもっと様々なことができる。村の診療所で自分たちがインプットした情報もすぐに可視化できて活用できる。応用編としては、コミュニティ・ヘルスワーカーのモバイルフォンやスマートフォンとつないで、地域の保健医療情報とつなぐこともできる。いくつかの国では携帯電話などで患者や母子とのコミュニケーションを図って保健医療サービスを向上させています。

 アフリカでのICTサービス、スタートアップが日本の遠隔地医療などに応用されるようなことも今後あるかもしれませんね。(笑)。

横倉:医療情報というのは個人にとっては人に見られたくない情報があるので、皆さん心配されるのですね。私どもは今、医師資格証というのを出して、アクセスするときにはそれを使いましょうということをやっているんですが、安心性を担保するということは必要でしょうね。

 昨年ザンビアを訪れ、町の診療所、保健センターに行ったんですが、奄美大島出身の日本人の女性臨床検査技師さんにお会いすることができました。JICAの活動で行かれて。そこではICチップの入った診察券があったんです。日本だったら診察券は印字して渡しますが、サインペンで名前を書く。その診察券で全部ICTにアクセスできて、患者さんのデータを送るそうです。もうそういう時代なんですね。

國井:そうなんです。面白いことに先進国で時間をかけて開発・導入・普及してきたことが、アフリカなどでは一気に普及する。スピードが速い分、また新たなことにも挑戦できる。

 最近の世界の大きな問題として「移民」や「難民」があります。政治不安や紛争による難民でなくても、経済的な理由からの季節労働者を含めた「人の移動」という問題もあります。例えば南アフリカには多くの鉱山があって、モザンビークなどの周辺国から出稼ぎに来るんです。人の移動に伴って様々な病気も移動する。病気があっちこっちに拡散するんです。

横倉:広がっているんですね。

國井:はい。特に鉱山というのはご承知のように暗くて狭い、換気の悪い環境下でやるものですから、様々な健康問題が生じる……。

横倉:炭鉱と一緒ですよね。

國井:そうです。あの劣悪な環境下で呼吸器疾患、特に結核が蔓延する。さらに、男性ばかりが集まるので、その周辺には売春宿も増えてHIVも増えるんです。南アフリカやその周辺国ではHIV感染が40%近くまで上がったところもあります。その対策には炭鉱がある病院や診療所で管理するだけでは、また自国に帰ったり別の場所に移動したりするので十分ではありません。特に医療機関のカルテだけではダメで、移動する人たちの医療情報を人々が保有して国境を越えて保健医療サービスに活用するにはどうしたらいいか、なども議論しています。People centered approach、医療提供者側ではなくて、患者・住民を主体とした情報システム、サービス提供など、ICTなどを活用してこれから具体化していかなくてはならないと思います。

次ページ 40カ国に普及する母子手帳