海外の模範になる日本の保健医療対策

國井:普段海外で働いていて、日本の経験が海外で役立つことがたくさんあると思っているんです。一つは、日本は何らかの保健医療の対策を行う場合、様々なセクター、レベル、組織・団体などを連携・協働させることが上手で、サービスの連携・統合、地域での連携などが絶妙という事例があるんです。

 その好例が結核対策です。先日国連総会があって、横倉さんともニューヨークでお会いしましたが、あのハイレベルフォーラムで結核が取り上げられ、参加してきました。日本政府国連代表部の私の友人が政治宣言を取りまとめたり、別所浩郎国連大使が共同議長を務めたりと日本は大いに貢献しましたよね。

 しかし、日本の結核の歴史を見ると「国民病」と呼ばれて年に3万人も死亡するような状況から急激に発病と死亡を減らしていった。結核の新規感染を平均で年間10%減らすというのは現在でもほとんどの国ができていない。平均は2%にも満たないのですから。それをまだ経済状態が良くなく、効果的な治療法も確立していない1950-60年代に成功させた。なぜそのような偉業が達成できたかというと、一つは政治的意思です。この国民病をどうにかして欲しいという国民のニーズと、どうにかしなければならないという政治・政府の強い思いがあり、法整備、政策づくり、結核医療費の公的負担につながった。さらに、市町村、学校、事業所、企業などが主体となった対策、さらに地域組織の連携・協力、住民参加も結核対策に重要な貢献をした。もちろん、開業医、医師会の役割はいうまでもなく、他の医療機関や保健所と一緒に結核治療の拡大、その質の向上などに大いに貢献していましたね。

結核で姉二人を亡くした父

横倉:実は私の父が農村で開業した頃、結核がすごかったんです。昭和34~35年ごろです。父は自分で入院の病床を作って、患者さんたちを受け入れたんです。結核になぜそれだけ強い思い入れを持ったか。もちろん地域の人もそういう状態にあったんですが、父は自分の姉2人を結核で亡くしているんです。

國井:え、本当ですか。

横倉:ええ。戦前のことですけど。

國井:2人もですか。

横倉:1週間、10日ぐらいの間に2人、続けて亡くなったそうです。県の医師会長というのは結核予防会の支部長をやるので、私も福岡では長いこと結核対策には取り組んできました。結核予防会のすごいところは、地域の婦人会と一緒になって予防活動をするんです。この婦人会が強力な組織力でね。各家庭にしっかりと予防の重要性というのを教えて、現在でも活動していますね。

國井:それってすごいんですよね。私もアフリカなどで、女性の力を活用することが地域での保健医療活動の成否のカギになることが多いと常日頃から感じています。でも未だ、多くの国ではそれが分かっていないのか、地域の活動、女性の参加に政府が本気に取り組んでいるとは思えないところが多いです。これを日本はかなり前から、その貧しいときに具現化したというのはすごいなと思うんですよね。

横倉:ただ、あの予防会ができたのも、昭和20年代から30年代にかけてでしょう。日本は戦争に負けて、一遍本当にどん底まで落ちたんです。それからもう一度、国を造ろうというものすごい情熱が国内にあったんでしょうね。

国づくりは人づくり、地域づくり

國井:「国づくり」は「人づくり」また「地域づくり」から始まる。そういうものを基盤にしながら、また女性のエンパワーメント、力づけもしながら勢いをつけていくことの重要性を感じますね。

 ご存知のように結核は今、世界一の感染症になってしまいました。国際的な努力の結果、HIVの感染や死亡が減ってきたというのもありますが。

 私たちのグローバルファンドの資金では、様々な国で結核の有病率を調査中です。結核の診断はそう簡単ではなく、また多くの検体が必要なので、その国でどれだけ結核が流行しているかを正確に調べるには一カ国3億円から5億円費用がかかる調査です。コストがかかるので、これまできちんと把握されていませんでした。その結果、今まで推定していた国の結核患者数よりも、ひどいところでは実際には2倍、3倍多いという結果が出てきました。さらに、結核に発病していながら、診断も治療もされてない人が10人に4人、世界で400万人近くもいることがわかりました。そういった意味では世界ではまだまだやるべきことがあり、日本が成し得たような成功事例を世界に広げていくことが重要だと思っています。

横倉:国境なき医師団の代表の方が来られたときに、大塚製薬が出した結核予防薬を何とか手ごろな価格で提供してほしいと頼み込まれたことがあります。

國井:40年ぶりに開発されたデラマニドという薬ですね。

横倉:結核の治療にはしっかり計画的に薬を服薬してもらわないといけないし、一時的に飲んで、すぐにやめると耐性菌がどんどんできる。だからそういう基本のルールをまず作らないと、なかなか難しいのではないかという話もしたんです。それでもシリアの難民の方にとっては、その薬があることが生きている一つの証明であるというようなことを言われたんですよね。薬を飲むということが自分が生きる力になると。そういう方がおられるから、ぜひ提供してほしいと要望があったんです。それで、大塚製薬への橋渡しだけはしました。

國井:デラマニドは多剤耐性結核の救世主とも言えます。各国からの要望に応じて、我々も資金を提供して援助していますが、ただ「欲しい」という国に提供するだけでなくて、どのぐらいの国にどのくらいの多剤耐性結核の患者さんがいて、実際にどれくらいの治療に使用するのかというのを計算して国際的なニーズを予測する必要がある。そのうえで、できるだけ安価で迅速で安定した治療薬の調達を進めることも必要です。

 今、会長がおっしゃったように、問題は医療の質なんですね。患者が薬の服用をやめてしまう、医師が不適切な治療を行っている、国によってはきちんと治療指針がないなど、様々なサービスの質の問題で耐性菌はできてしまう。基本的に適切な治療を徹底させていかないと多剤耐性結核が増えるだけでなく、デラマニドなどの新薬にも耐性ができて、莫大な資金をかけてさらなる新薬を研究開発していかなければならない。いたちごっこですね。

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