考えるべき終末期の在り方

國井:いずれにしても、日本は世界の最長寿国で医療面でもとても恵まれていますが、課題も山積みですね。実は最近、私が幼少の頃によく世話になっていた親戚が亡くなったんです。心臓手術後の敗血症や脳梗塞などで心肺停止になって、以前私が勤務していた宇都宮の病院の集中治療室に入院していました。私もしばらく臨床の現場にいましたのでわかりますが、最期の頃は根本的に助からないとわかっていても、昇圧剤や人工呼吸器をつかって延命治療をしてました。

横倉:終末期のですね。

國井:終末の何時間とか何日間でかなりの医療費が使われていることもわかっていますが、患者側からすると、できるだけのことをしてほしい、やるだけのことをやってだめだったのだから仕方がない、医者には本当にありがたいと感謝します。結局、高い医療費も最終的には医療保険で返ってくるので、日本の医療制度は素晴らしい。

横倉:日本では医療費の自己負担はね、そうないですからね。

國井:海外では医療費が自己負担という国もまだまだ多いですし、それによる自己破産というのもありますからね。以前、留学していた頃のアメリカなどひどかった。熱でうなされていても、どこどこの医療保険に入っていないなら診察はできないと門前払いです。もちろん、保険に入っていなかったら莫大な医療費ですしね。途上国には医療保険がない国が多いので、お金があるかないかで、病気で助かるかどうかが決まるということもあります。

横倉:本当に医療的に必要なところにはしっかり医療資金を投入しないといけないですね。日本医師会で生命倫理懇談会という、日本医師会の倫理上の一番高い位置に位置している委員会があるんですが、そこで高齢者の終末期の在り方について昨年末に報告書をいただきました。

 「尊厳ある死」についての理解を深め、医療者側も望まない医療を考え直すべきという指摘があった。お亡くなりになる方とはリビングウイルなど、アドバンス・ケア・プランニングみたいな話し合いを続けて何らかの事前指示書のようなものを残していただいて、医療者側もそれに応えていこうではないかという内容でした。

 それを受けて日本医師会としては国民向け、また会員向けのパンフレットを作ってすべての会員に配布をして、高齢者の終末期の在り方について提示しています。

國井:素晴らしいですね。実はその集中治療室で私が世話になった親戚の家族と話をして、「担当医から、人工呼吸をこのまま続けていきたいですかと聞かれたのだけれどどうしたらいいか?」と尋ねられました。私は「本人は意識があったらどう答えると思う?」と聞き返しました。自分で呼吸できず、人工的に呼吸器をさせられて、昇圧剤でどうにか血圧を保っている状態、それを本人は望んでいるのかな、と家族に問いました。家族は、「いや、本人はそれをおそらく望んでいないだろう」と。

 「みんなも自分たちがこういう状態になったら、どうしてほしい?」と聞いたら、「うーん、やめてほしいかな」と。最終的にはその翌日に血圧が急激にさがり、心停止となって亡くなりました。私が仕事で日本に一時帰国中だったので最期に一緒にいることができてよかったです。

 いずれにせよ、高齢者や末期患者だけでなく若い方々もいつどのような状況で昏睡状態になるかわからないわけですから、このリビングウイルはもっと社会に普及するとよいと思っています。

 また私は、医療の重要な目的の一つは「尊厳ある死」を迎えるお手伝いだと思っています。ターミナルケア、緩和ケアなどは限りある医療費の適正化の議論も含めて、エビデンスを用いながら、また様々な立場、専門の方を含めてオープンに議論、そして具体化すべきだと思っています。

医学生の立場で感じた医療者の使命

 学生時代には、地域医療、国際医療、そして末期医療の三つを自分のライフワークにしたいと思っていました。それで当時、ターミナルケア、末期医療が最も進んでいたイギリスに行きまして。ロンドン郊外にあるがん患者さんなどの終末期のケアをしているセント・クリストファー・ホスピスが有名でしたが、私はもっと地方のケント州に行ってきました。カンタベリーの大聖堂があって、そこに巡礼に行く人々の話を集めた有名な『カンタベリー物語』、あのカンタベリーです。

 そこでは、病院やホスピスなどの医療機関は終末期を看取るのではなくて、検査や治療方針の決定などをする補助的な役割を果たしていました。できるだけ訪問看護などを通じて自宅や地域で末期がんの痛みなどの身体的・精神的な苦しみを低減してあげて、自宅で家族に見まもられながら最期を迎えさせてあげようとの努力を感じました。自宅や地域で「平穏死」「自然死」を迎える。これがやはり本来の姿じゃないかなあ。医療にとって「死」は敗北ではない。人間が必ず迎える「死」と向き合い、救えない「命の質」を高めて、「死」を迎えるお手伝いをすること。これも僕らの使命なんじゃないかな、と医学生の自分にはとても大きな刺激、学びでした。

横倉:日本もその方向性に進んでいますよね。私が会長になったときから、かかりつけ医を国民の皆さんに持ってくださいというお願いを続けています。我々医師も国民に信頼されるかかりつけ医にならなきゃいけないということで、3年前から研修を始めたんです。毎年、1万人ぐらい受けています。

 その中で在宅医療の重要性は大きなテーマにしていますし、終末期の在り方も新たな課題です。やっぱり特にがんの終末の場合は、痛みをどうコントロールするかというのが一番大事なことですよね。昔から日本はそのモルヒネの使い方が十分でないということがよくいわれていました。

國井:はい。

横倉:最近、がんセンターが医師向けのいろいろなプロトコールを出されて、相当広がってきたもんですからね。しかし麻薬の処方をするためには麻薬免許がいるでしょう。それを持たなかったり、更新してなかったりという医師もいらっしゃるので。それとやっぱり麻薬の管理が厳しいですからね。そこを薬剤師さんとどうコラボレーションしていくかも課題の一つです。そういう動きが地域で起きつつあるときですよね。

國井:そうですね。私の若いときに比べると、医療機関同士の連携も、医療と福祉と保健の連携もどんどん進んできました。これからさらに地域の先生方が様々な患者のニーズに対応できるようになるといいなと思います。

 ターミナルケアの話ですと、緩和ケアについてはまだ大病院の専門の先生に頼っていて地域では対応できていないのではないでしょうか。

横倉:そうですね。ただ、この5年でいわゆるがん拠点病院の一つの条件として、地域のお医者さんとの緩和ケアのコラボレーションを進めることを考えています。がん拠点病院でカリキュラムを作って、近くの先生に来てもらって勉強するということが義務付けられているよね。そういう動きが進んできていますので、ずいぶん意識が変わってきたりしているんですよ。

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